筒井筒~港の町で  最終章 [昭和初恋物語]

 窓から入って来る涼しい風を感じながら、淳と奈央は汽車に揺られていた。
 夕陽を見にやっぱりあの港の町へ行こう。二人の意見はすぐに一致した。
線路に沿って続く海は、夕波が穏やかで少し西に傾いた太陽が付いてくる。
少し赤味を帯びた水平線と藍色に点在する島影は、淳にはことさら懐かしく
側に奈央がいることで、心が弾んでいた。
 二時間程で街に着くと二人は駅前からまっすぐに、港に向かって街路樹の
大通りを歩いた。
 今日デパートで会ってから二人はお互いに想いの丈を伝え合った。
 奈央は淳がずっと自分のことを想い続けていてくれたことを初めて知った。
望んではいたが、思ってもみなかったことだった。
今頃やっと自分の気持ちに気付いた奈央が、一番気にかけていたこと。それ
は淳が自分のことをどう思っているだろうか。ただそのことだった。
 でもそれは取り越し苦労だった。あっけないほどに奈央の心配は吹っ飛んだ。
しかし、淳の気持ちを奈央がもっと早く知っていたらどうだったろう。
 今だからこそ奈央は、心の底から素直に淳の気持ちを受け入れることが出
来た様な気がした。奈央は自分の心の深い所にあった本当の淳への想いに
気づくまでに、七年もの歳月を要したのだから。
 淳の喜びはまた一入のものがあった。この恋が自分の一方的な感情だった
としても、奈央に絶対に分かってもらうまでは、と決意しての帰国だった。
 先に気持ちを伝えた淳に、奈央は素直に嬉しいといってくれた。奈央も淳の
ことが好きだ...と。奈央は多くを語らなかったが、真剣なそのまなざしが彼女の
心の真実をすべて映していると淳は確信した。

 港は夕暮れの慌ただしさの中にあった。出入りする船、行き交う人々。
 二人は港の喧騒から少し離れた波打ち際まで下りて、海に突き出た防波堤
の上を肩を並べて歩いた。その突端にある赤い燈台まで行くつもりだ。
 水平線を真っ赤に染めて陽が沈もうとしていた。夕凪にきらめく波は金色に
輝いて、防波堤に打ち寄せる波の音だけが、二人の耳に心地よかった。
 燈台の下まで来た時淳が立ち止まった。ポケットから小さな箱を取り出して、
奈央の目の前でリボンを解いた。奈央の誕生石ガーネットの、ほのかな紅色
がキラリと光る指輪だった。
 淳はそっと奈央の手を取り黙ってその白い薬指にはめた。
 奈央は突然のことに驚いて、直ぐには言葉もなく、ただ高鳴る胸と溢れてくる
涙をどうすることも出来ずにいた。
「奈央に渡せなかったら、この海に捨てるつもりだった。そしてその覚悟もして
来た。よかった奈央有難う」淳はほとんど叫ぶように大きな声で言った。
 奈央は黙ってそんな淳をみていた。心の底から湧きあがって来る喜びと胸が
痛いような感動。「ありがとう! 淳 ありがとう! 」言葉にならない奈央の心情は
海を渡る夕風に乗って、しっかりと淳の胸に飛び込んで行ったはずだ。
 暮れて行く海に立つ二人のシルエットは、少しづつ茜色に染まっていった。







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リンさん

最終章ですね。
ハッピーエンドで本当によかった。
夕陽の海でプロポーズ。素敵ですね^^
指輪を渡せなかったら海に捨てるつもりだった…っていうセリフがいいですね。
by リンさん (2012-07-17 19:12) 

dan

やっと終わりに漕ぎつけました。一話のつもりだったのでどこか無理がありますね。でもリンさんはいつもどこか、ましなとこ見つけて励まして下さるので嬉しい。
本当に有難うございました。
by dan (2012-07-17 20:59) 

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