故郷の詩  3 [昭和初恋物語]

 季節が移り二年の時が流れた。
 創も彩子も最終学年となり、それぞれの目的に向かって大切な年である。 この
二年都合をつけ合って、二人の金曜日は続いていた。そして会う度に創の彩子へ
の想いは深くなるのに、彩子の中では創は未だに信頼出来るお兄さんだった。
 二人は何度か話合って、これからの一年間は、それぞれの勉強に専念しょうと
決めた。考えて考えて決めたことだったが、創は彩子に会えない一年間に耐えら
れるだろうかと自信がなかった。同じ村に住み同じ道を通学するのだから、偶然
会うことだってあるかも知れない...などと女々しいことを考えたりした。
 今日は二人の最後のデートの日。行く先は汽車で二時間程の県庁のある街に
決めた。駅で待ち合わせることになり、創は一時間も早く来てしまった。
 朝からすっきりとした晴天になり、駅舎の広場に立てられた鯉のぼりが、青く澄
み切った大空を勢いよく泳いでいる。
 彩子は濃紺のワンピースに白い帽子で、約束の時間の少し前にやって来た。
創はいつも見慣れている制服の彩子とは別人のような、少し大人びたその姿に
一瞬息をのんだ。しかし「お早うございます。創さん早かったのですね。」にこにこ
と大声で挨拶する彩子は、やっぱりいつもの高校生だと創は少し安心した。
「ああ、何だか早く目が覚めてしまって。綾ちゃん今日はとてもきれいだよ。」彩子
は少し恥ずかしそうにうつむいた。
 汽車は広々とした田圃と、そこここに点在する農家が延々と続く中を走って行く。
しばらくすると、海が見えて来て、窓から手に取るように見える大小の島々は漁業
が盛んで、漁をする船が行き来している。
「私汽車に乗るの本当に久し振りよ。今日はいいお天気でよかったね。」彩子は創
の顔と窓の外を交互に見やりつつ、満足そうに言う。「今日のこと、お母さん何も言
わなかった?」「ええ、創さんと汽車で出かけると言ったら、お弁当作り手伝ってくれ
たのよ」屈託のない笑顔である。
 この二年間の二人のことを、双方の親たちも知ってはいたのだが、遠出をしたこ
とはなかったので、創は彩子の母がどう思っているのか、少し気になっていたのだ。
 窓の外に高い建物が見え始めて、やっと目的の終着駅に着いた。構内を出ると
つんと潮の香りが鼻をつく。「ああ海の匂い、そうでしょう」「そうだよ連絡船に乗れ
ば、もうそこは本州なのだから」その連絡船に乗る人たちが、足早に走るように二
人の横を急いで通り過ぎて行く。
 この街のたたづまいは、二人が暮らす村とは全く異なって、活気にみちていた。
そこにいる人々も、何やらみんな忙しそうに歩いている。
 駅から二十分程の道のりを、二人は目的の公園に向かってゆっくりと歩いた。
五月の陽と風は心地よくつい足取りも軽くなる。
 公園に着くと「うわあ素敵」彩子が歓声をあげた。「私こういう静かな所大好きよ」
 創は何度も来たことのある公園だったが、ここが好きで、彩子との一日はここしか
ないと決めていた。
 池と築山と橋が調和良く造られ、いつ来ても四季折々の花が美しい。今日は白や
紫の菖蒲の花が、水際にやさしい影を落としている。
 五月晴れの日曜日とあって、園内にはかなりの人がいたが、二人は辺りの景色
に見とれながら、ゆっくりと回遊路を歩いた。
「彩ちゃん、音大はどこに決めた?東京か大阪に出るしかないだろう。」「やっぱり東
京になると思う。お母さんは、ここの大学の教育学部も考えたら....と言ってるのだ
けど」「うん、音楽の先生になるならそれもありだね」「私は音大に行きたいの...学
費はかかるけど、そのことは心配しなくていいって。ただ私が遠くへ行くのが寂しい
らしいの。」「そりゃそうだ、彩ちゃんは一人っ子だもの。お母さん辛いんだよ。ずっと
二人で一緒だったのだから。」言いながら創は自分の寂しさを実感していた。
「創さんだって船に乗るのなら村から出て行く訳でしょう」創はもう自分の入りたい
会社は決めていた。商船大学を卒業した人たちも目指す大きな船会社だったから
、高専出の創は相当努力が必要なはずだった。後一年死に物狂いで頑張って、そ
の道では誰にも負けない実力をつけようと、固く自分に誓っていた。だからこそ彩
子と会うのも止めるという、辛い決心も出来たのだった。「うん、僕は多分自分の希
望が叶ったら、神戸から世界の海に出て行くんだ。」言いながら創はおかしかった。
まるで映画のセリフのようだ。ふっふっと彩子が笑った。「凄いね。そうなったら私た
ちもう会えないかもしれないね。」何気なく言った彩子の言葉が、創の胸に真っ直ぐ
突き刺さった。
 公園の芝生の上で彩子はお弁当を開いた。豌豆ご飯の海苔巻と、色とりどりの
おかずが、手際良く詰まったお弁当を仲良く食べた。かなり歩いていたので、本当
に美味しかった。
 街に戻った二人は喫茶店に入った。やさしい音楽が流れる窓際の席でコーヒー
を飲んだ。通路に置かれた観葉植物も、昼なのに少し暗い水色の照明も、彩子に
は初めてのことで、夢の国にいるような気持ちになった。「大人はこういう所で会う
のですね。」感心したような彩子の言葉に、自分たちの神社でのデートを思うと創は
笑いがこみあげて来た。「いつか僕も彩ちゃんも一人前になって、そうだね。静かな
夜、こんなお店で二人で話し合う日が来るだろうか。」としみじみと言った。
 彩子もその遠い遠い先のことに想いを巡らせているように、優しい目で創を見た。
 その日、故郷の見慣れた山の端に、夕陽が沈んで行くのを二人は自転車を止め
て、いつまでも眺めていた。
 


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macinu

一番ののり~!情景がめに浮かんでまいります~
by macinu (2012-09-13 10:59) 

リンさん

なんて可愛らしいデートでしょう。
まだ恋には発展していないのかな。
この1日が、二人の距離をグッと縮めたように思います。
続き、楽しみです。

by リンさん (2012-09-13 19:17) 

dan

macinuさん
コメントありがとうございます。
新しい方に読んで頂けるのは、とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
by dan (2012-09-13 21:07) 

dan

この後どうしょうか、そのことばかり考えています。
リンさんの縦横無尽な才能が羨ましいです。
いつも有難うございます。
by dan (2012-09-13 21:12) 

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