鈴のふるさと  母は手品師 [鈴のふるさと]

 母は毎日父を送り出すと掃除をしたり、買い物に行ったり、食事の支度を
したり、白い割烹着が家の中をくるくると動きまわっていた。
 午後からは大体ミシンの前に座っている。
鈴はいつもその部屋の出窓に座って母が軽やかに踏むミシンの音を聞くの
が好きだった。
そして何よりもその手元から次々に出来てくるものに見とれた。一枚の赤い
布が仲良しの節子ちゃんの折りスカートになったり、軍人さんの奥様の白地
にすみれの花がいっぱいの布がワンピースになったりした。
 鈴の洋服も全部母が縫ってくれた。
 家の中の小物も母が作ったものばかりだ。
玄関の下駄箱の横の柱に掛けてある、白い体に臙脂色のくちばしのあひる
さんの靴べら入れ。
 赤いネクタイをした黒猫の状さしは少しだらーんとして部屋の柱に。
 外が緑で中が黄色のかぼちゃには鈴のおはじきや、弟のぱっちんやビー
玉、どこかで拾った白い石や青いガラスが入っていた。
 家族の座布団カバーもみんな母の手作りで、それぞれ柄が違った。
鈴のは赤と黄色のチューリップ。弟のは黒と白の熊さんがいっぱい。父と母
のは葉っぱの色が違うけど同じ柄のものだった。
 赤と白のチェックの地にアップリケの赤い鈴が一つ。鈴の一番お気に入り
の手提げ袋は毎日学校にもっていった。
 「お母ちゃんは偉いなあ。」ミシンを踏む母を鈴は誇らしげに見ていた。 
もうひとつ鈴には秘密の楽しみがあった。
 ミシンの部屋の押入れの中には母が使う色々なものがしまってあった。
ここは触っては駄目と母には何度も言われた。
 棚に大小のミルクの空き缶が並んでいて、中に色とりどりのボタンが入っ
ている。同じ大きさや色別になっているのもあるし、一番おおきな缶の中を
見た時鈴はぎょっとした。もう世界中のボタンが集まったように大きいのやら
中くらいのやら、小さいのやら黒いのばかりがいっぱいだ。
 その隣の細長いお菓子の箱には、白や空色のチャコが行儀よく並んでい
るし、鈴がいつも見とれるのは小さな引き出しの中だ。赤や黒や青や白や、
鈴のクレヨンの色のようなきれいなミシン糸が並んでいるから。
 大きな引き出しには色々な布もたたんで入れてあった。
 これらが母の手にかかると、色々なものに変身するのが鈴には本当に
不思議だった。
 そして鈴はまた母が大好きになる。

 ある日仲よしの節子ちゃんや、いたずら坊主のシマちゃんたちと原っぱで
遊んでいた鈴は、口に入れてふざけていたかやつり草の端っこをつい飲み
こんでしまった。細長い草は喉にひっかかって、奥へも行かず出ても来ず
鈴は息苦しくて、せき込んで死にそうになった。
みんな驚いてシマちゃんが飛んで帰って母を呼んで来てくれた。
 すぐさま母は鈴を乳母車に乗せると駅前の吉田病院へ走った。その間も
鈴はゲーケ゜ービービー泣きじゃくていた。
 大通りに出るとお店が並んでいて、鈴の大好きなお菓子屋さんも見えた。
母は何を思ったのか、お店から豆大福を買ってくると、それを小さくちぎって
大口を開けて泣き叫んでいる鈴の口に入れた。鈴はびっくり目を白黒させ
ながらぐっと飲み込んでしまった。
 「あれっ」喉に詰まっていたかやつり草も一緒に? 
 鈴はすっきりした顔で母を見た。不安そうな母の顔がみるみる赤くなって
泣きべそが笑い顔になった。「よかったよかった」言いながら母は大袈裟に
鈴を抱きしめた。
 夜帰った父には母は報告しなかったのか、鈴は父に叱られずに済んで
ほっとした。

 大人になってからも、鈴はこの時の母の荒療治を思い出して「危なかった
なあ」とよく母と笑った。
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みかん

足踏みミシン そう言えばうちにもありました♪
これで学校で使う雑巾を縫ったり 家庭科の
課題やったりしたこともあったなぁと懐かしく思いました。

豆大福で一緒に飲み込むとは驚きです。
よけい詰まっちゃうってことも…
よくぞご無事で!

by みかん (2014-09-15 22:15) 

dan

有難うございます。
ほほほほんとに大福は無茶ですよね。
よくもご無事でというところです。
by dan (2014-09-17 17:51) 

リンさん

素敵なお母様ですね。
私、洋服を作ってくれるお母さんに憧れました。
大福事件は驚きですね。
時には荒療治もいいのかな。
by リンさん (2014-09-18 22:24) 

あかね

うちの母は私が子どものころから、わりあいに最近まで編み物をしていました。
子どものころには機械編みのセーターを着せられていて、市販のしゃれた薄いニットがえらやましかったものです。
機械編みだと厚くて野暮ったいんですよね。

そんななつかしい日々を思い出しながら、読ませていただきました。
で、私も編み物をするようになりました。やっぱり遺伝なんですね。

by あかね (2014-09-18 22:55) 

dan

リンさん
有難うございます。
日常のこまごまありふれたこと書いてもつまらんなあ。
と想いつつ遅々として筆は進みません。
いつも読んで下さって感謝しています。

by dan (2014-09-19 12:00) 

dan

あかねさん
有難うございます。
子供の頃のこと思い出して頂いてうれしいです。
編み物で自分の好きなものを作れるなんていいですね。残念ながら私には遺伝しなくて、不器用で何も出来ないし、好きでもないですね。


by dan (2014-09-19 12:18) 

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