鈴のふるさと  生まれた村 [鈴のふるさと]

 鈴が二年生になった時戦争が厳しくなり、兵隊さんの街は危ないと鈴たち
一家は生まれた村へ帰ることになった。
 鈴にはこの村の記憶はほとんどなかった。鈴が帰ることになった家は父の
実家で祖父母が商売をしていた。二人が始めた小さな魚屋は今では仕出し
をやったり、村で二軒しかない宿屋のようなこともやっていた。
 店の隅っこにには三、四人が座れるスペースがあり、仕事帰りの村の人た
ちがお酒を飲んで大声で話し込んでいることもよくあった。
 しかし店の基本は魚屋で、いろいろな魚が店先に並んでいて、祖父が市場
から帰る時間には、何人かのお客さんが待っていることが多かった。
 
 鈴が転校して初めて学校に行った日、先生に連れられて教室に入ると誰か
が大きな声で「魚屋の鈴ちゃん!」と言い皆がどっと笑った。
 小さな村のこととて、もう鈴たち一家のことは皆が知っているのだ。
「静かにしなさい。今度転校してきた河原鈴さんです。みんな早くお友だちに
なりましょう。」と先生が言うとみんなは一斉に拍手してくれた。
 鈴は嬉しくてついにこにこ笑って手をふった。みんな初めてみる顔だったが
鈴は何だか懐かしい気持がした。
 実は受け持ちの横尾先生も、祖父の店のお客さんで鈴はもう店で先生に
逢っていたのだ。
 田舎はたまに空襲警報や警戒警報のサイレンが鳴って、どこにいてもすぐ
防空壕へ飛び込むことはあっても、大人にも戦争の切羽詰まった緊迫感は
感じられなかった。

 祖父は鈴が寝ているうちに市場に出かけて、おおき木箱を三つも四つも
自転車に乗せて帰って来る。箱の中には旬の魚がぎっしり詰まっている。
 祖母は待ちかねて店の陳列台に、魚をきれいに並べたり、焼いたり焚い
たり忙しい。でも祖母はそれを楽しそうにやっているので、鈴は店が好きだ。
 煉瓦で作ったかまどで、串に刺した「かます」を何本も焼く。真っ赤な炭火
の上でじゅうじゅうと油を落としながら、こんがりと焼ける頃にはいい匂いが
して鈴はごくんと唾をのみこんでしまう。たまに祖母が座り込んで眺めてい
る鈴に「はいっ」と一本あつあつの「かます」をくれることがある。そんな時
鈴は家の縁側に座り込んで、火傷しそうになりながら白いほくほくの身に
かぶりつく。鈴はあまり魚は好きではなかったのに、この「かます」の味だ
けは美味しくて忘れることが出来ない。
 もうひとつ祖母が大鍋いっぱいに湯でる「わたりがに」沸騰した鍋に入れ
るとさっと色が変わって鮮やかな朱色になる。この時は鈴は必ずそこにい
て、茹であがったあつあつを一個ねだる。もうこれこそ鈴の一番の大好物
なのだ。
 ところがこれはそう簡単には手に入らない。茹であがるのを待っている
お客がいれば、なかなか鈴には回らない。あっと言う間に売れてしまって
じっと待っていた鈴は泣きそうになる。でも商売だものと諦める外はない。

 「さわら」の時期になると大きなのが帰って来る。祖父は見事な包丁さば
きで、刺身や焼き物用に魚の身を切り分けていく。鈴は店にやって来た友
だちと、まな板を取り囲んでお腹の中の卵が「真子」か「白子」をあてっこ
する。大人がやっているのをみて真似るのだ。この味は好き好きで、どちら
が美味しいという訳ではないが、さっと開いたお腹にまっ白い「白子」か薄
ピンクの「真子」を見つけて当てたほうがキャーと喜んで自分の勘を自慢
するという他愛ないものなのだ。
 しかしここに集まる子供たちの本当の目的は、祖父が時々箱の隅っこに
押し込んでもって帰る「うみほおずき」。 
何かの卵のうらしいのだが、十個くらい連なっていて一個つつはずして、よ
く洗い口に入れて搾るようにかむと「きゆっきゆっ」と鳴るのだ。
潮の香りとともに少し生臭いけれど、玩具なんてない田舎の子供たちにと
っては、宝物みたいなものだ。
 畑のほおずきは、赤く熟れるのを待ってその実に穴をあけて丁寧に種を
出し、用心深くきゆっきゆっと鳴らして遊ぶ。しかしこれは鳴るようにするま
でが大変で、鈴たち小さい子の手には負えない。
 海ほおずきは、少々乱暴に勘でも破れたりしない。いい音で鳴る。
 
 鈴は魚屋の鈴ちゃんとして、すんなりと田舎の新しい学校に慣れみんな
ともすぐに仲良くなった。


nice!(6)  コメント(4) 

nice! 6

コメント 4

リンさん

戦争中でも、田舎は食べ物が豊富だったんですね。
魚屋さんとは羨ましい。
うみほうずきですか。知らないですね。
昔は何でもおもちゃになったんですよね。
by リンさん (2014-10-08 14:53) 

dan

有難うございます。
魚はあったけど食べ物には不自由したのですよ。
農家以外は多分みんなそうです。
その様子などぼちぼち書いていきます。
by dan (2014-10-09 10:47) 

あかね

わたりがに!! 

うちの母が大好きで、昔はけっこう安かったので、私も子どものころはよく食べました。
なつかしいです。

鈴ちゃんって可愛い名前ですよね。
danさんの本名も近い名前かな、なんて想像しています。

by あかね (2014-10-10 01:19) 

dan

わたりがに今は高くて買う時思案します。
鈴ちゃんは従妹の名前を拝借。小さい時から
羨ましかったものだから。
いつも有難うございます。
by dan (2014-10-10 18:56) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。