鈴のふるさと  おやつ戦争 [鈴のふるさと]

 戦争は終っても鈴の田舎でさえ食料事情はきびしかった。
まして子供たちのおやつなんて論外、お菓子などには滅多にお目に
かかれない。
 それでも子供は知恵を絞って自分達のおやつの調達に余念がなか
た。
 鈴の村では養蚕が盛んで桑畑も沢山あった。春が終わる頃桑の実は
緑の葉っぱの間で色づき始め、黄色から赤く最後には黒褐色になる。
その頃を見計らって鈴たち一向はそろって桑山に登る。
先頭を行くのはこくちゃん、鈴よりひとつ年上た゜が頭が良くて仲間は皆
彼を尊敬してしいた。はじめさん、豊美ちゃん、ゆうちゃん、かずちゃん
と鈴の弟のみっちゃん。
 子供の足でも三十分も歩くと汗だくになりながらも桑畑に着く。
我先にと桑の実に飛びつく。子供の手の届くほどの高さに、木にもぶれ
付くように、黒々と光る実がいっぱい。
 しばらくは声を発するものもない。実を十個ほども食べると一息ついて
果汁で真っ黒になったお互いの口の回りを指さして笑い転げる。
 鈴は少し落ち着いて一番大きな黒い桑の実をほおばると、何とも甘い
香りと共に口のなかでとろける果実の美味しさにやっと気付くのだ。
 しばらく山で鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしてから、自分の駕籠に
それぞれが好きなだけ実をもいで帰った。でも誰ももうそれを食べたい
とは思わなかった。あのお土産は大人たちが食べたのだろうか。

 ある日の午後、ゆすら梅が熟れていると豊美ちゃんからはじめさんに
報告があり、こくちゃんと鈴と四人でとりに行くことになった。
 しかしこのゆすら梅は、おぬいばあさんの家の鶏小屋の横にありその
枝はのびて実は丁度鶏小屋の上あたりに成っているのだ。
 夕陽を浴びて真っ赤に光るゆすら梅は本当に美味しそうで鈴は思わ
ず喉をならした。はじめさんとこくちゃんがへっぴり腰で鶏小屋の屋根に
登る、豊美ちゃんと鈴はいつでもゆすら梅を受け取れるように風呂敷を
広げて待っていた。鈴は胸がどきどきして少し心配になった。
 その時キャアーとはじめさんの声がして鶏小屋の屋根を踏み抜いた。
「くわっくわっ コッコーこっこっー」下で鶏たちが騒いで走り回る。
その音に「こらっー」とおぬいばあさんが飛び出してきた。鈴と豊美ちゃん
は一目散に逃げ出した。
 おぬいばあさんは子供たちのことを知ってはいたが、何事もなければ
ゆすら梅泥棒を許してくれていた。でも悪さをして逃げ遅れて叱られる
のはいつもはじめさんとこくちゃん。
 後ではじめさんに怪我がなく、鶏小屋もはじめさんのお父さんが修理
したというのを鈴たちは知った。この事件に懲りることもなく季節が巡る
度に鈴たちはここのゆすら梅の美味しさに舌鼓を打った。

 バス停の店「もちづき」の裏庭にはそこを流れる小川に沿って二本の
しゃしゃぶの木があり、夏には人差し指の先くらいの赤い実が熟れる。
子供たちはまず小川に入りそこから裏庭に忍びこんで、低く垂れ下がっ
た枝から実を取って食べる。少し渋味はあるが結構甘い。その代わり
食べ過ぎると口の中が白く爛れたようになりお腹も壊す。だからここで
やったことは大人たちには内緒にしていた。
さらさら流れる水の音を聞きながら、薄暗い木の下で声も出さずにしゃ
しゃぶをほおばるスリルは鈴にとっては、とても楽しいことだった。

 秋になるとまた一行は野イチゴやあけびをとりに山に行く。途中で拾
った椎の実は大人に頼んで煎ってもらった。
 大人に内緒でつばなや、しんこや、いたんぽも食べた。不思議にお腹
を壊したことはなかった。

 鈴の秘密をひとつ。春になると母は梅の実をたっぷり、ゆっくりゆっくり
煮込んで「梅肉エキス」を作る。これは腹痛に効くというので当時はどこの
家庭でも作っていた。
 鈴の家ではそれを瓶詰にして茶の間の戸棚の一番上においてあった。
鈴は時々それをおやつ代わりに食べた。誰もいないのを見計らって、大
急ぎ゛で割り箸にくるくると巻きつけて、こっそり部屋で食べる。顔が歪ん
でしまいそうに苦くて酢っぱかったけれど、ほのかな甘さが口に残った。

 鈴たちがおやつらしいお菓子に出会うまで随分時間がかかったような
気がする。

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リンさん

何でも買える今の時代の子は、絶対食べないようなものばかりですね。
だけどこの時代の子供たちの方が、ずっと楽しそうです。
私も小学生の時、下校途中の桑畑で桑の実を取って食べました。
甘かったですよね。
by リンさん (2014-11-12 13:22) 

dan

あれ以来食べてない桑の実、今食べたらどうなんでしょう。
有難うございました。
by dan (2014-11-12 18:55) 

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