鈴のふるさと  秋祭りと百人一首 [鈴のふるさと]

 夏休みが終わる頃から秋祭りの太鼓の練習が始まる。
 鈴の村のお祭りは、絢爛豪華な太鼓台と十八の部落に一つづつある獅子舞と
四年生か五年生の男子がたたく太鼓が主役だ。
 各部落から選ばれた男の子たちは、夕食を済ませるとそれぞれの稽古場で
みっちり太鼓打ちの練習に励む。二つの和太鼓を二人の打ち手が巧みなばち
さばきで、たたくのだ。この稽古は青年団の人やお年寄りの役員たちによって
毎晩のように行われる。
 鈴はこの音が聞こえて来るとわくわくして、お祭りが待ち遠しい。ただ残念な
ことに、祭りの花形の太鼓打ちには男の子しかなれないのだ。今年は弟が選ば
れて、自慢そうに稽古に出かけて行くのを羨ましそうに見送る鈴だった。
 約二カ月の特訓で彼らは踊りながら太鼓を打つ七、八種類の所作を完璧に
覚えなければならない。鈴は時々その練習を見に行っては、ああ自分には出来
ないかも....と頑張っている弟を誇らしく見つめていた。
 広場では鉢巻すがたの青年団のお兄さんが獅子舞の練習をしている。赤い
大きな獅子頭を操る人と、後ろに入って獅子の後ろ脚を頑張る人。休みの時
中から出て来た二人はびっしょりの汗で息を弾ませ倒れこむように横になる。
 獅子は二人の打つ太鼓に合わせて踊るのだから大変だ。十四、五分はある。

 祭りの当日、獅子舞いと太鼓打ちは朝から部落の家々を二三軒に一回の
割合で回るのだ。二日かけて一回りする勘定になる。時々休みながらとはいえ、
相当の重労働である。
 太鼓打ちのふたりはきれいに化粧して金銀の花笠をかぶり、着物には五色
のたすきをかけ、博多の袴をはいて白い緒の草鞋の出で立ち。手には赤い
毛の房が着いたバチを持っている。
 その姿はまるで絵のように美しく可愛い。鈴はこの姿に憧れたのだろう。

各部落で同じことが行われ、二日目の夕方神社の境内に全部落が集合する。
そして一斉に獅子舞と太鼓が奉納される。それが終わるといよいよ神輿が宮入
をすることになるのだが、それを太鼓台「ちょうさ」が邪魔をして追っかけまわす。
ドンドンドンと太鼓台に乗った少年が叩く大太鼓の音が、かなり広い境内に響き
渡り、見物の村人たちの興奮も絶頂を迎える。
恐いくせに鈴も仲間たちとキャーキャー言いながら、朝から着ている晴れ着の乱
れを気にしつつ、祭りを堪能した。
 日の暮れるころやっと神輿が本殿に納まり、皆は家路を急ぐ。
夜は最後の晩餐、大人も子供も、ご近所も皆で楽しくご馳走に舌鼓をうった。

 鈴にとってこの村の祭りは、大人になって見たどこの祭りより素晴らしく、華や
かで、暖かくて忘れられない素敵な思い出となった。


 お祭りが終わると盆地の村には足早に冬がやって来る。
 鈴の家の隣にこくちゃんの家があり、そこには女学校に行っているお姉さんが
三人もいて、夜には友だちが大勢集まって話したり、歌ったり楽しそうだった。
鈴も時々こくちゃんに呼ばれて、仲間には入れなかったがなんとなく大人ぶって
その様子をみていた。
 お正月に行った時、座敷で賑やかな声がして鈴が覗いてみると、晴れ気を着た
お姉さんたちがかるたをやっていた。鈴が知っている「いろはかるた」ではなくて
読み手が節をつけてお経のようなものを読むと、皆はキャアーキャアー言いなが
ら、目の前に広げられた、ひらがなだけが書いてある札を取りあった。
 鈴は初めてみるかるたに見とれた。特に読み手が持っていた札の美しさに驚
いた。きれいな着物をきた昔のお姫様や、お殿様、お坊様、こんなかるたもある
のだと、鈴の好奇心はむくむくふくらんだ。
 その夜飽きもせず見ている鈴に美代子さんが「鈴ちゃんかるた面白い?好き
なら、時々やっているから又呼んであげるよ」と言ってくれた。
 その後鈴はこくちゃんが呼びにきてくれると飛んで行った。初めは見ているだけ
だったが何回も行くうちに、美代子さんが「鈴ちゃんもやってみなよ」と言ってくれ
たので、鈴もその気になってきた。初めは何が何だか分からなかったお経も、教
えられて昔の有名な歌人の歌だと知った。
 鈴ははまった。その冬は隣りに通いつめて、いつも付いてきた弟とともに、何枚
かは取れるようになったし、十八番も出来た。
 「ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すえのまつやま なみこさじとは」
意味などもちろん分からなかったが、鈴が一番に憶えた札だった。
 この冬の思い出はなかなか忘れられなくて、この百人一首との出会いは、その
後の鈴の趣味の方向づけに不思議な縁をもたらしたような気がする。

 鈴が中学二年で転校した大きな街の学校に、「百人一首」の大会があると知っ
た時、引っこみ思案の鈴に天から大きな力がおりてきたような、わくわくしたのを
鈴は今でも覚えている。 
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リンさん

百人一首は私も思い出があります。
小学校の時に大好きだった先生が、百人一首を教えてくれました。
かるた大会のときは、みんな夢中でした。
私の得意札は、「大江山いく野の道の遠(ければ まだふみもみず天の橋立」でした。


by リンさん (2014-12-06 14:25) 

dan

今時百人一首なんかしている学校あるのかなあ。
家では弟妹と負けた方が泣きながらよくやりました。
大人になってからはやる機会もありませんでした。
うちの子供たちは「坊主めくり」しかしなかった(苦笑)
by dan (2014-12-06 18:42) 

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