春子さんの茶の間 その3 [短編]

 空梅雨気味の空を見上げてため息一つの春子さん。
自慢の紫陽花は葉っぱばかりがどんどん伸びて、少し前に一輪だけ寂しげに咲いた花が
そろそろ色褪せて来た。
 こんなのは初めて。
 毎年次々に大輪の花を咲かせてくれて雨に一入の感ありと、嬉しがっていたのに。
もしかして寿命?と不吉なこと考えたりする。
 
 もう二十年以上やっているシロアリ駆除の点検に業者が来た。五年毎に契約更改をして
毎年一回無料の点検に来て下さる。この辺りは湿気が多いということで太陽電池で動く
換気扇や扇風機も入れた。
 三十分ほど床下でトントン、ごそごそ作業して、汗みどろで出てこられるので、六月に
なって初めてエアコンを入れた。
 冷たいお茶を一口飲んで、早速タブレットに写してきた床下の状態を見せてくれる。
三年くらい前まではテレビに写していたから、これも進歩したのだなあと春子さん感服。
 「異常はありませんが所々湿気がひどく、土台のコンクリートにカビか来ています。」
はいはいと検査書に署名してすましている春子さん。いつまで住めるか分からないこの
家に余計なお金はかけないと決めている。
 「この団地で一緒に五軒くらいお宅と契約してた皆さんまだ続けていますか」
何気なく聞いた春子さんに
「あのそういうことはお知らせできないんです。個人情報になりますので。」
春子さんは呆れながらも黙っていた。
 これが?個人情報ってそんなに大したことではないのに。
近頃立て続けにこういう場面にであった。
 職場で社員の個人の電話番号を教えてくれない。歯科で春子さんの友人が治療に
来る日を聞いても教えてくれない。春子さんが紹介した人なのに。
 確かに電話に関わる詐欺など多いけれど、ここまでやるか。と笑えてしまう。
 
 世の中潤いなくなったなあ。人間を信じないということでしょう。少し方向性が
違う気がする。人間って本質的にもっと誠実で優しくて信頼していいものではないか。

 業者さんが帰ると、春子さんは茶の間のお気に入りの椅子にへたりこんだ。
何か空模様まで変な様子になり、じっとり汗も出てきて気分も悪くなって来た。
 
 平成も後一年足らず、ああ昭和はよかったと遠い遠い昔に思いを馳せる。

でもサッカーは素晴らしい、今ここに生きていてずっと応援してきた彼らの大活躍を
見られるだけでも幸せだ。
 ヨーロッパ旅行のフランスで、真夜中に着いたリオンの駅で春子さんが現地のガイド
さんに開口一番「サッカーどうなりました」と聞いたw杯フランス大会。
「負けたけど川口さんカッコよかったですよ。」
ニコニコ顔の美しいガイドさんのこと今もはっきり覚えている。

 やっぱり元気で生きているということは素晴らしいことかもしれない。
今夜は嬉しくて興奮して眠れない夜になればいいのに。きっとなる。

 冷たい麦茶を飲みながら春子さんの気持ちも大分穏やかに落ち着いて来ようだ。
 


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リンさん

いいですね、これ。
日常の何気ないつぶやきの中に、ちょっとした風刺が入っている。
過剰なほどの個人情報、そのくせネットには、必要以上のものが出てしまう。
おかしな世の中ですね。
by リンさん (2018-06-30 14:43) 

dan

有難うございます。
年寄りの冷や水と言われそうだけど、
本当におかしいと気になっていたので
こういう話になりました。

by dan (2018-06-30 16:18) 

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