追憶

 雨は小降りになり「もうすぐ日差しが注ぐでしょう」とにこやかに気象予報士の女性。
  傘をさしゆっくりと横断歩道を歩いて行く息子の姿が、いつしか遠い日の夫の姿に重なる。
 
 行ってらっしゃい行ってらっしやい今日もまた
 貴方の笑顔青い空
 あの角曲がればもう見えぬ
 後はお帰りを待つばかり

 懐かしい歌が蘇ってきて少し胸が切ない。
 新しい街で新生活を始めた二人に知り合いとてなく、この歌の歌詞がすとんと心の底に。

 しばらく専業主婦だった私は、一人家にいるのが苦痛で、失業保険を取りに行く度に
早く就職しなさいと急かす職員に何度も言った。

「失業保険より給料が多い所があれば明日からでも出勤します。」

 ほどなく「まあいいか」程度の仕事についた。

 離れて過ごした三年余の交際の後の結婚は私にとって、「さよなら」を言わなくてもいいと
本当に嬉しくて、口だけ達者で何も出来ないくせに自分でも可笑しいほどわくわくした。
 
 遠い遠い昔の話である。

 今、小雨の中を出ていく息子にこの歌を歌ってくれる人がいないのが私なにりに寂しい。

 約一か月一緒にいて毎日彼の様子を見てきて、私の心配はいらぬお節介だと分かった。

 会話は最小限度 お早う 頂きます ご馳走さま 行ってきます ただ今 おやすみなさい
  
 私の今日を聞いて欲しいのに「分かった、分かった静かにして」とその目が言う。

 朝は何時に出かけようとシャワーをして、帰ったら夜中でもシャワー。
私と娘は「アライグマ」と名付けている。
 
 大学時代から習っているクラシックギターは「レッスン」の一言で月に二回くらい出かける。
  ギターは五本いつの間にかエレキギターらしきもの三本、あれえベースも三本 電子ピアノ?
 おう!!ドラムセットもある。時々私の帽子掛けになる。

 自室の壁面の棚にはCDがびっしり、クラッシックレコードも並んでいる。
 ミュージシャンじゃないんだから。「私のつぶやき」

 それに本棚には難しい本が時の小説と並んでいる。

 彼の職業はシステムエンジニア。
 そして資格を取るのが趣味。合格した時はメールが来る。
「こんな知らせ母親にするしかないんだ。」と思いつつちと嬉しい。
そしてすぐに、それがどういう資格かネットで検索する。合格率も見る。
 にやにや彼は私がこんなことしているとはきっと知らない。いい気味。

 こういう日常の息子に私が関わる必要はぜーんぜん無いと確信してひと安心。
 完全に一人の生活を満喫しているので、時々やって来るやかましいおばあちゃんは
 ノーサンキュウ だろうよね。

 そして私がブログにベラベラ書いていることもね迷惑以外の何物でもない。

 ごめんなさい。

 ただ年を経るごとに夫に似てくる彼が愛おしいのはどうしょうもないのだ。

 そして息子が誰よりも好きで、信頼していて頼もしいと思っているであろうたった一人の人
 それが妹。
 私も彼女が東京にいるだけで、どんなに心強いだろう。
仕事をもっているし、旦那殿もいるし大変だと思いつつ、つい何事も頼ってしまう。

 ところが病気の時以外はライン付き合いのようで、私が来ている時はほとんど毎日来るのが
息子にとって嬉しいらしいのがおかしい。

 一か月近くいた東京とも後一週間でさよならだ。
 
 昨日も早く帰ってと近所の友から電話が来た。
 
 帰ったら一番にお花いっぱいもって報告に行く。
 貴方が一緒だったらどんなにどんなに良いだろうと呟きながら。
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リンさん

もう家に帰っているでしょうか。
なんだかうちと似てるなって思いました。
私の兄も独りです。
近くに住んでいるので、たまに連絡を取り合って会っています。
ずっとひとりで生きる覚悟は出来ているようですが、やっぱり心配ですよね。
by リンさん (2020-01-22 19:27) 

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有難うございます。
今日は我が家です。五日ほど前から風邪をひいて
多分遊び過ぎて疲れが出たのでしょう咳、鼻、
熱は出ても37度が最高。でも年のせいか結構
しんどい。帰るのを伸ばせとさんざん言われたけど
帰ってきました。やれやれ。

それにしてもリンさんところ....
何かすごく嬉しくてますます親近感を覚えてしまいます。
 親にとって子供はいくつになっても子供なんです。お兄さんと仲良くして下さいね。

by お名前(必須) (2020-01-22 21:49) 

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