一期一会 早春の別れ [エッセイ]

 雲一つない空のあたりに早春の冷気を漂わせて風が吹きわたっている。

 体調も良く快適に朝の家事諸々を終えて新聞を読む。
コロナの文字があちこちにあって目障りなこと。気持まで落ち込みそう。

 そして何気なく見ていた「お悔み」欄で見つけてしまった。

 一瞬息が詰まった。胸がどきどきした。
 もう一回目を見ひらいて亡くなった人の名前を確認する。

 丁度一か月前の雨の土曜日、私は一か月に一回ある文学セミナーの会場に行った。
一月は欠席したので今年になって初めてだ。
 いつもの部屋に人の気配がなく準備されている様子もない。どうしようと思っている所へ
彼女が来たので二人で事務室に行き休講を知った。

 玄関で降りしきる雨を見ていると彼女が声をかけてくれた。
 私は二十年近く通っていたけど彼女は初めてだと言う。
お互いに自己紹介してこの人が陽子さんと知った。
 「これからどうするの。車だから送ってあげるよ」
と今知ったばかりの私に言ってくれたので驚くと同時に感激してしまった私。
 私は人見知りする方で、知らない人にこちらから声をかけることはあまりない。
もぞもぞとバス停を教えた。
 「バス停なんて....外に用事がないのなら家まで送ってあげるよ」

 陽子さん宅とは遠回りになると思うのにと思いつつ私はお言葉に甘えた。
15分ほどで着いたので、このまま有難うでは余りだと思い
「お茶でも飲んで少し休んで行きませんか。一人暮らしだから遠慮はいりませんよ」
「そう、じゃあちよっとだけ」
 あっさりと上がってくれた。

 初対面の人を家に上げるのも初めてだなあ。ふとそう思った。

 そして私は自慢のコーヒーを丁寧に入れて一番好きなカップに注いだ。
一時間くらい、家族のことなど話した。
 陽子さんが一人で喋っていたと思う。
子供は女の子二人で下の娘さんが養子をとってくれた。そのお婿さんがよく出来た人で私を
大切にしてくれるし、娘より好きで可愛いのだと嬉しそうに話してくれた。
 そして孫も女の子で二人とも優秀で有名国立大学に入ったのだと。

 話を聞きながら陽子さんは本当に今幸せなんだと、家族に囲まれた様子を想像して
私まで暖かい気持ちになれた。

 陽子さんは今日も旅行から帰って来る娘婿を、空港まで迎えに行く予定だと笑っていた。
あの日の二人とも自分たちの体調のことなど話さなかったし、陽子さんはとても元気そうだった。

 そして今日の訃報である。あれからたった一か月。

 何とも言えない気持で私は人の命、寿命というものについて考えこんでしまった。
 私くらいの年になると、やっぱりこれから先のことはいつも頭の隅っこにある。

 一期一会 今日ほどこの言葉が身に沁みたことはない。

 お悔み欄の喪主が娘婿.道郎とあるのを確かめて私の気持はすこし和んだ。

 



 
nice!(4)  コメント(2) 

nice! 4

コメント 2

リンさん

なんて悲しい。
せっかく知り合えたのに、残念ですね。
一期一会、大切にしたいです。
by リンさん (2020-03-24 17:50) 

dan

有難うございます。
悲しいいけれど、こういう巡り会わせだったのだと
自分に言い聞かせています。
by dan (2020-03-24 20:22) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。