春子さんの茶の間 その7

  二日続きの雨が上がり秋の気配が深まった感じの午後、一通りの家事を終えソファに座って 春子さんは、ずっと気にかかっていた花絵さんの彼のことを、もう一度考えた。  あれから毎日メールしているけれど、二人ともこのことには触れないで来た。  兎に角様子が知りたい。春子さんは考えていた通り意を決して彼の家に電話をかけた。 呼び出し音が六回、留守かな?と思った時 「はい住田でございます」 きれいな声の人が出てきた。 「奥様でしょうか」  春子さんは何回も考えていた通り、今日の用件について丁寧に説明した。  自分が住田さんの高校の同期生であること、ずっと前にもお世話になってお礼状を差し上げた ことがあったこと。先だっての同期会に欠席されていたので、どうしたのかと心配する人を代表 して電話したこと。  最後は勝手に考えた理由だったので、少し後ろめたい気持ちもしたが、平常心を装って。 「はい有難うございます。私覚えています。その節はお世話になりました。ご心配かけて申し訳 ございません。」  住田さんは、前から痛めていた頸椎の病気が急速に悪くなり療養していたところ、一か月前に 家の中で転倒して、今度は大腿骨骨折で入院しているとのこと。    ああ生きていた。春子さんの率直な思いだった。年も年だから急に音信不通になるなんて最悪 のことも考えないではなかったから。  花絵さんの安堵した笑顔が浮かんだ。よかった。  住田夫人は「遠方からわざわざ電話を頂いて本当に嬉しい。主人もきっと喜ぶでしょう。」と 丁寧に挨拶されて、春子さんも本当に感じのいい良い奥様だと思った。  花絵さんから聞いていたのとはちょっと違う。  彼は奥様とは年がかなり離れていて、前からあまり仲がよくなかった。彼が定年になってからも奥様はまだ仕事にも出ていたので、体調を崩してからも十分に面倒は見て貰えなかった。 だから花絵さんは電話は随分気を使っていたそうだ。 花絵さんの中にきっと奥様に対する後ろめたさがあったのではなかろうか。  春子さんなら夫が昔の恋人と電話するくらい全然平気だと思う。ただこっそりやられるのは嫌。 そんな話を花絵さんにした時、彼女は信じられないという顔をした。  若い時ならいざ知らず、ここ老境に至って昔の恋人と昔話をするなんて素敵ではないか。    とにかく彼が生きていることだけは確認できた。 早く花絵さんに知らせて、彼女の喜ぶ様子が見たい。春子さんの野次馬心がむくむく沸いてきた。       
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