霜月を重ねて

 今朝の風は優しくて霜月とは思えぬ暖さに少し嬉しい。

それでも玄関先で九月半ばから私を楽しませてくれた秋明菊はもう五輪が咲き残っているだけである。
寄り添うように風に揺れる白い花が心細げでとても切ない気持ちになってしまう。

 先日剪定した庭は明るくなって、廊下から黄色いつわぶきの花が咲いているのが見える。
すっきりした庭に降り立ってみた。そして隅っこにある山茶花のピンクの花を見つけた。
 毎年山茶花は散った花びらを見つけて、あれっ、いつの間にと思うほど知らぬ間に咲いて
私を残念がらせる。
 今年はしみじみと近くで眺めた。一重のはなびらの可憐なこと。

   私の庭の山茶花をそっと折り取る小さい手
   何故に一言その花をくれよと言って下さらぬ
   私は詩人は花に添え書いた歌まであげように

 遠い遠い昔大好きだった西条八十の詩が突然浮かんだ。もっと長くて素敵な詩だったのに
いくら考えてももうこれ以上は出て来なくて情けない。

 夫が作った濡れ縁にしばらく座っていた。庭の木はすべて彼が丹精こめたもの。半世紀の
時を経てみんな大きくなった。隣に彼が座っていないのが悔しい。

 十一年たっても一人に慣れることが出来ない私。
一人でいること、一人ですることにはもう慣れた。何もかも一人でやる。
泣きながらやっていた諸々のことも、いまでは笑いながら、歌いながらやれる。
逞しくはなったけれど、残念ながら年をとった。体が気持ちについてこない。でも年のわりには
元気だと秘かに自慢している。まだ生きているのだから。
 そうでしょう。十年経った昨年私決心した。
 一人になってこの世になんの未練もなくなって、自分のことしか考えなくて彼が迎えに来て
くれることばかり考えていた。早く来て早く早くと。
 三年前の病気の時今度こそきっと.....。と思ったのに音沙汰なし。

 その間子供たちの気持ちや、仲良しの友の思いにも触れて、「もう止めた!」待つのは止めた。

 同い年の古い友だちの誰一人として、不思議なくらい「死」のことなどを考えてない。
皆さん旦那様がお元気だからかも知れないけれど、まだ死なないと思っているようだ。
その証拠に「死ぬ」話をするとみんな機嫌がか悪い。
 そうだ、死ぬまではみんな生きているのだから、そう焦ることもないか。


 私は彼を信じて幸せな人生を歩いて来た。感謝こそすれ恨むなんて絶対駄目。
 明るくて真っすぐなところが貴女のいいところ。ずっと昔そう言ってくれた。
 そしてあの時から変わぬ彼も私の中でいつも笑っている。それでいい。
 
 重ねた霜月、愛おしい霜月、夢見る夢子さんの独り言。いつまで続くのでしょうか。 


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