鈴のふるさと 学生時代 [鈴のふるさと]

 鈴は父の転勤のため故郷の村を出て大きな街にやって来た。

五時間も汽車に揺られてトンネルをいくつもくぐり、紅葉した山の木々いつまでも続く青い海。
 鈴はこの旅を退屈することなく希望と好奇心でいっぱいだった。
母に時々睨まれるほど弟妹とはしゃいでいた。
 
 父から住む家が小さいことだけは何度も聞かされていた。
 大きな街は戦争でやられ焼け野が原になったのだと聞かされていた。

 汽車を下りて駅前の広場に立った時、鈴は言葉が出なかった。
弟が痛いと言うほどその手を握りしめていた。

 高い建物はひとつもなく、た焼け野が原の街に電車の線路が真っすぐに延びていた。

 やって来た電車で官舎のある所まで十五分くらい。
「お父ちゃん小さい家はこの電車くらいの大きさ?」小さい声できく鈴に父は頷いた。

 これから鈴たち家族七人が住む家に着いた。

「大きいじゃない」鈴は思った。......のだけど。
 
 荒壁に灰色のセメント瓦、ちゃんとした家だ。官舎なのだから。
ここに来る道々見たどこの家より立派だと思った。
 
 入り口を入ると割に広い土間があり、奥に畳の部屋が六畳と四畳半。一間半のふすまのない押し入れ。外の小さな廊下の突き当りにお便所。
 台所は入口の土間の横に井戸がありポンプがありセメントの洗い場があった。

 十四歳の鈴は嬉しいような泣きたいような複雑な気持ちで、今まで住んでいた村の大きな
御殿のような家を思い出していた。

 父の職場の人が待っていてくれて、手造りのおはぎを沢山下さった。
 その美味しかったこと、このことは鈴たち家族の後々までの語り草となった。

 一応家財道具が届くまでここには住めないので、職場が用意してくれた温泉の近くの
小さな旅館に住むことになった。
 
 ここに滞在した十日ほど、父も仕事が休みで転入や子供たちの転校手続で忙しかったが
 旅館のご飯を食べて毎晩入る温泉に鈴は満足して、やっばぱり街はいいなあ。
 みんなの顔もぴかぴかして、とても幸せな鈴だった。

nice!(3)  コメント(2) 

初冬の庭で [随筆]

 短い秋を楽しむ間も無いままに冬の声を聞いた。
立春と聞けば心も弾むのに、一文字違うだけで立冬は何となく寂しく侘しい心地がする。

 先日剪定をして頂いた。
この職人さんに剪定をお願いするようになってもう十一年。
知人の紹介で初めて来られた日、庭を丁寧に見てから私に言った言葉が忘れられない。

「この庭を見ていると、作った人の気持ちがとてもよく分かります。愛情がいっぱいですから」
 
 四十代と思われる彼の顔を思わず見直してしまった私。本当に嬉しかった。この人なら
夫が自分で作りたかった庭を引き継いで大切にしてくれるような気がして安心した。

 朝の八時半から五時半まで黙々と作業をされるので、お茶を差し上げる時だけ話をする。

 椿、梅 さくらんぼ ウバメガシ 利休梅 百日紅 山茶花 つつじ 紫陽花 木蓮 そして松
小さい庭に、まあいっぱい。
 この上牡丹を初め鉢植えもいっぱい。残念ながら鉢物はすぐに枯れてしまった。

 ほとんどの木はこの家を建てた時からの長い年月私たち家族を癒してくれた。
世話はしないけど私も昔 蒲萄やゆすら梅がなっていた頃は一番に食べると言ってよく笑われた。

 庭の木々すべてに夫の面影が重なる。

 剪定の最後はいつも松ノ木。これが笑ってしまう。
 ヒョロヒョロで幹の根本でも直径12、3センチしかないのにくねくねと伸びている。
「何でこんな木なのかなあ」とお兄さんに聞くと
こういう風に作ったのだと言う。ここにも彼の意思が詰まっているのだと。
 可哀そうな松さんこんなに曲げられて大きくなれなかったんだ。ふふふ。
 この松に一時間はかかる。

 剪定をしてさっぱりした庭で「あらあまだ咲いていたんだ」と薄いピンク色に黄色い花芯の
山茶花を見つけてびっくりの私。
 二週間くらい前に待っていた山茶花を見つけてにこにこと庭に下りて木の下まで行って
さんざん眺めた。夫の好きな花今年も咲いたよとつい話かけた。

 その後みたこともなかった風流でない私。水遣りもしないのだから無理もないけれどね。

 そしてもう一つ石蕗の花。
 濃緑の丸い葉っぱからすくっと伸びるしっかりした茎の先に三センチほどの菊のような黄色い花が沢山集まって開く。
 冬の初めの色のない庭に灯をともしたように愛いらしい姿を見せてくれる。
これから先、梅が咲くまで花はない。
  
 でも我が庭にはもう一つ夏から咲き続けてきいる強い花がある。
 ランタナ この花だけは唯一私が植えたのだ。
もう四十年も前勤めていた会社の社長さんが苗をくれた。
 曰く「これほど世話のいらない花はない。持って帰って庭の隅にでも植えときな」
花に興味のないノラの私を見越しての言葉だ。
 なんとなく頂いて、いまではどのように植えたかも覚えてない。

 でもリビングのガラス越しに今も鮮やかな朱色の小手毬のような可愛い花を咲かせている。
その社長さんも今年旅だたれた。歳月の長さを思う。

 我が家の小さな庭もこうして眺めていると、私には胸が切なくなるほどの想いが詰まっている。
 
 これからの寂しい季節、厳しい寒い冬でも、お日様だけは暖かい日差しを届けてくれる。
 もう少し頑張っていこうかなあ! 
  早く彼に逢いたい気持ちとせめぎ合っている私がいる。
 
nice!(3)  コメント(2) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。