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十二階から見えるもの [エッセイ]

 今日も一月中旬とは思えぬ暖かさ。十四度もあるという。

 八時前に息子を送ったとき、富士山が余りにも神々しくて見とれてしまい
寒さは感じなかった。

 九時ころ洗濯を干した時は、かなり風が吹いていたが、飛ばないようにするにはと
考えていたので、寒いとは思わなかった。

 そのあとはずっと部屋の中、エアコンなしでコタツに入っている。

 雲一つない真っ青の空を時々北に向かって飛行機が飛ぶ。ほほう自分もあんなに高い所を
飛んで来たかと、不思議な気がする。

 マンションの真ん前を環七が走っているのに窓を閉め切ると騒音は気にならない。
時々走るパトカーや救急車のサイレンや、午後五時「お家へ帰りましょう」と子供たちに
呼びかける声はとてもよく聞こえて、何だか下町の匂いが嬉しい。

 東のベランダから見ているとひっきりなしに常磐線の電車が行き来する。
早朝から深夜までよくもあれほどの人々が乗るものだと、わが街のチンチン電車を思って
つい笑いがこみあげてくる。
 電車の来ないときはすぐ近くの大きなショッピングセンターの、様々な店の看板が見える。

 目を左下したにやると、銭湯の青い屋根と大きな煙突がみえて一度は行ってみたいと思い続けている。

 北のベランダからは遥かに筑波山が見えて、喜んでいたのに十年くらい前に、その山を
真っ二つに切るように大きな細長い塔のような建物が出来た。ゴミ処理場とか。

 ここからは見えないが、下に下りて十分も歩くと私の好きな川が近くにあるし、
スカイツリーだってすぐそこに見える。

 日常生活も便利この上なく十分以内に大小のスーパーマーケットが四個所。
郵便局 警察 書店 食べ物屋さんに至っては無いものはない。
駅からマンションまで続いているのだもの、誘惑に負けないようにするのが大変だ。
 
 年に二、三回やって来る私は、ここが気に入っているけど住み着く気は毛頭ない。

 やっぱり住み慣れた我が家は一人で寂しいけれど居心地がいい。
 いつもいつも夫が傍にいてくれる。思い出を共有してそれがまたあり過ぎる位なのだから。

 子供たちは遠くで心配しているよりと思う気持ちはあるらしいのだが、私の本音を知って
いるので、今更の感なのだろう。

 幸せだった私の人生で夫との少し早い別れだけが誤算だったと言いきれる。

 贅沢を言ってはいけないよね。
 のんびりと自分の思うまま、好きなように生きている私なのだから。

 マンションからの眺めがいつの間にか自分のことになってしまった。

 さあ後はその大好きな我が家に帰る準備をそろそろと.....。

 
 
 
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上京して四日 令和も暮れていきます [エッセイ]

 どこまでも澄み切った透き通るように青い空。
遥かに真っ白に輝く富士山がみえます。

 四日前、いつものように快適な空の旅、環七の渋滞もなくリムジンバスは定刻息子のマンションのある駅に到着しました。
 思いもかけず娘がベンチに座っていて私を迎えてくれました。仕事のはずなのに五か月振りの
対面なので休みとつたのかなあ。少し嬉しがっている私がいます。

 それから二人で掃除やら買い物やら、彼女は私に似ずあまり喋らないので私一人がお喋り。
夜には仕事から帰って来た息子と、楽しい賑やかな嬉しい一日目でした。

 それからは老骨に鞭を打ちつつ私の独壇場。「年の割には元気だなあ」と自画自賛しつつ
働き続けて最後には倒れるのではと心配になるくらい家事全般をこなしました。

 夜お湯たっぷりのお風呂の後息子の数分のマッサージが本当に気持ちよかったのです。

 今日も午前中にと近くのスーパーへ買い出し。
師走もあと二日というのに歩いていても風も冷たくないし、まるで早春のように気持ちがいい。
 長年人間やっているけれどこんなに穏やかな師走を知りません。
 
 この調子で穏やかなお正月になりますようにと願わずにはいられません。

 私が十五歳からの親友を突然亡くして六日で一年になります。

昨年のクリスマス、やって来た私を待ち受けてくれて、いつものコースを二人でデート。
 夕方の四時三十二分駅でさよならして見送ったのが最後になりました。

 もう私が上京する意味もなくなったように感じました。
 今年も折角上京しても相手になってくれる人もいないのに、と息子に言っては
「その話はしないことになってるでしょう」
 とよく言われました。彼も私の悲しさ寂しさは十分分かっているのです。
そして、その代わりが務まるはずもないことも。

 あんなに元気で生きることに意欲もあって、楽しい余生を送っていたのに。

 それでも私は来ました。年明け早々にお墓まいりに行く約束も彼女の愛する優しい二人の
娘さんと、すでに出来ています。
 せめてお花でも手向けて「貴女がいないこの一年のこと」話したいと思っています。

 この穏やかな年の瀬二人で悠々とコーヒータイム持ちたかった。
 優しく温かい手をつなぎ合いたかった。

 私は元気な体を親に貰ったと思っています。だから貴方の分まで、彼の分まで頑張って
令和を歩こうときめました。

 小さい声で「だって私には優しい子供たちがいますから」

 風の音さえしない十二階のマンションのベランダから北に向かってとぶ飛行機の機影を
みながら。

 今年も「さくらんぼ日記」のご挨拶。一年間有難うございました。
 皆様いいお年を!!

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春子さんの茶の間 その13 [エッセイ]

  金木犀の香りが漂ひ、やっと秋らしい気配がしてきました。
余りの暑さに精神的にも疲れ果てて外出もしなかった春子さん。
今日は久し振りのカルチャー教室にでかけました。
 
 珍しく小雨で新調したばかりの折り畳みの雨傘もさしてみました。
若草色の濃淡の雲形模様が意外に素敵で、今更のように勧めて下さったデパートの
店員さんにちよっと感謝する気になってみたり、春子さんの気持ちも上向きがち。
 
 NHkカルチャー教室は市の中心部にあり終わってからの方が楽しみな面も。(苦笑)

  春子さんは教室などで友だちになるタイプではないので、ご挨拶だけで終わるから
みなさんの名前や顔さえ覚えていません。終わればさっさと帰るのです。
 
 でも今日の教室(史記を読む)では生徒がたった四人、女性は二人だけだったので
二年前初日に彼女が声をかけてくれました。
 
  kさん。年は16歳も違うのに偶然高校の後輩で、人付き合いの苦手な春子さんも
月一回会うたびに、性格も趣味も合って、その人柄にもひかれすっかり仲良くなりました。

 ブログもやっていてその小説を読んだ時は本当に驚きました。プロ級です。
だから決して春子さんのブログを突きとめられないように、コメントもしません。

 そんな彼女とはお昼に教室が終わると、決まってお寿司を食べてから街をぶらぶらして
最後は喫茶店でねばり、夕方別れます。

 ところが今日は商店街で健康に関するイベントをやっていました。

 春子さんは是非「骨密度」と「血管年齢」知りたいと思いました。
 普段病院など行かないのでこういう検査の機会もありません。その上無料です。
ただ待ち時間はそこそこあるけれど、どこか我慢しなければ。
 
 kさんも意見が一致して並びました。
 
 実は春子さん二十年ほど前に親友と東京のデパートでこの二つやったことがあって
二人とも実年齢よりはるかに若くて悦にいったことがありました。

 出ました! 血管年齢 実年齢より一歳若いだけ。血管点数50点
コメント ほぼ実年齢通りの一般的な血管の弾力性です。心配のない状態です。

      骨密度 若年比較67% 20歳の平均値との比較
          同年比較102% 同年齢の平均値との比較

 ああ二つとも思ったより普通。年齢相当。がっくり、がっくり。

 春子さんは今 自分のことさえしていたらいい。考えていたらいい。
生活の不安も、心配事もない。

 ただ遠く離れ住む東京の子供たちが元気に思う通りに生きてくれたらそれでいい。

 親しい友人たちは5、6歳年上の旦那様がお元気で三度の食事やお世話は大変のようです。
 春子さんにとってはただただ羨ましいだけ。春夫さんがいたらなあと。
 
 その春子さんも、年よりぜーんぜん若くて元気と思っていたのに、体は確実に老い
終点に向かっていると、今日こそ実感しました。

 何だか寂しいと同時に自然の摂理と納得出来たし、うぬぼれも少しとれて、これからは
年相応のかわいらしいババちゃんになろうと決めると、すっきりしました。
 
 空の色渡る風ももう完全に秋です。


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奥様とばあや [エッセイ]

 いつもより少し早く朝の家事が終わった。

 空は真っ青で太陽はギラギラ今日も真夏日だ。
 一人住まいの私の一日は毎日同じで全く面白くもない。
 
 ふと街にでも行ってみようかと友の顔を思い描いてみたが、みんな浮かぬ顔をしている。
 この頃では用事もないのに出かけることなど考えたこともなかったのに。
 
 神の啓示だ。出かけよう。
でも暑そう、別に用事もないし。もう一人の私がぐどぐどと足を引っ張る。
 バス停までの三分が暑いだけよ。バスは涼しいしデパートはもっと涼しいと私。
その時閃いた。そうだタクシーにしょう。
 悲しい悲しい主婦の性、バスは260円タクシー1500円。でも今日は決めた。

 そうなると気持ちが華やいでいつもより少しはお洒落してみようとフアッションショー。
好きな黒のプリーツスカートに薄紫の小花柄のインナーにベージュのレースの軽い上着。
 鏡をみてまあまあじゃない。これで顔が無かったらもっといいのにと心から思う。
 
 でも奥様になった気持。

 いつものタクシーがきた。ところが残念、運転手さんが一番年配「多分後期高齢者」で
お喋りで、のんびりで運転が下手。顔に年寄りの茶色いシミがいっぱいあるので、人の顔を
覚えられない私が唯一覚えている人。
 電話した時、今出払っているので二十分くらい待って下さいと言われて嫌な予感はしていた。
こんなことは滅多にないから。
 とにかく団地の道から県道への右折がなかなか出来ない。車はポツリポツリと来るだけなのに。
そら行け!  はいっ出て! 声にならない声で叱咤激励しながら泣きそうな私。
その間彼は「今回は台風が来そうとか、今日は夏祭りだ」とか喋り続けている。
 いらいらと二十分以上かかってやっと着いた。1730円。

 デパートに入るといつもは人がいなくて恥ずかしいくらいなのに結構人がいる。
やっぱり夏休みだし、お盆も近いからだ。
 私は買い物の予定もないけど何か買いたいかもと思った。
 靴屋さんの辺りを見ていて好みのサンダルをみつけたので立ち止まったら、奥でこちらを
見ていたイケメンさんがすっと出て来た。そして「履いてみて下さい。いいでしょう」と
私が見ていたサンダルを持って来た。何て手際がいいのでしょう。
 履いてみて歩いてみて買ってしまった。何だか楽しくなってきた。

 次は地下に下りて送りものをしてから、全国の銘菓があるコーナーで訪ねてくれる友の顔を
思いながら和菓子や洋菓子を買った。肉屋さんで嫌いな肉もたまには食べなくてはと買う。
 
 ただ何となく買い物するって楽しいなあ。
いつも懐と相談して辛抱して計画的に買い物はした人生だった。
 
 「ケチの癖に欲しいもの買うときは大胆なんだから。そして必ずものにする」夫によく言われた。
 
さあもうタクシーで帰りましょうか。今なら奥様気分のままで。
 
 ちょっと待って、少し商店街も歩いてみませんか。「ばあや」の声がする。

 私が荷物を持ちますから。この商店街を15分も歩いてもう一つのデパートまで行って三千円の
お買い物すれば、バスのお帰り切符がいただけるじゃないですか。
 
のまま そうでした。私鉄デパートの特典です。そういえば私帰りのバス代払ったことないよ。
 商店街は暑いけれど歩いてみようか。

 もう半世紀以上も前の夫と私が突然現れた。
浴衣で歩いた土曜夜市。城山から眺めた花火。涼しい風が渡る堀端のベンチ。
 泣きそうになって思い出すのは止めた。

 ねえやになった私は荷物の重いのもなんのその、昔のお店など四、五軒になってしまった
懐かしい商店街を元気に歩いた。

 デパートでセールのブラウスを買ってバスのお帰り券をもらったのは言うまでもない。

 一人では食事もお茶も飲めない私は、ねえやのままで我が家に帰った。

 でもこの数時間久し振りに楽しかった。

 奥様もねえやも、ちよこっと出て来た夫も元気でよかった。

 この調子で後少しの猛暑を乗り切ろう。

 秋明菊は明かもう白い蕾をつけているのだから。
 

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さくらんぼ日記八歳です [エッセイ]

 令和になってもたもたしているdanをあざ笑うかのようにはや半月。

 今朝がた夢をみました。なんだかやたら長い夢で夫を始め大勢の登場人物ががやがやと
海だか山だかで、楽しそうにバーべーキューなんかしています。

 少し離れた木陰でパソコンを膝に四苦八苦しているdanがいます。

 ああこの夢はすぐ記録しておかないと忘れてしまうからと枕元のメモ帳を探しているところで
目が覚めました。

 そして考えました。夢の中でも折角出て来た夫と話もせずにパソコンに向かっている私。
ブログ始めた頃は何も知らないから怖いものなし。
 だらだらと面白いように何でも書いていた。そしてそれを負担に思ったことなどなかったのに。

 そのうち種切れ、才能なしに気がついてあたふた。ブログのこともだんだんわかって来て少し
怖くなったのも事実です。
 でも書くことが嫌いではなかったし、素敵なブログ仲間に出会えて「生きる希望」おおげさに
言えば本気でそう思った時もありました。
 今でもその気持ちは嘘ではありません。
 
 でもあれから早八年。のろのろでも、ヒョロヒョロでも続けてきたのです。

 自分で思っていたより随分長く生きてしまっているdanですが、生きている以上は頑張りたいと
思っています。

 「さくらんぼ日記」一回でも訪ねて下さった皆様。
いつも訪ねて下さる心優しい皆様。
 
 有難うございました。これからも仲良くして下さると嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。

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平成最後の一日 [エッセイ]

 平成最後の日、この記念すべき日に東京に居るのです。どこかへに行こう。
皇居に近いところは人でいっぱいでしょう。ずっと一人で考えていました。

 私にとっての平成を思い返してみました。
もしかして人生で一番のんびりしていた頃だと思います。
 
 昭和に生まれて大人になり「この人でなれければ」と思う人と結婚して、二人の子供を育て
大学入学と同時に二人とも十八歳で家を出て行きました。
 私たちは子供の思うように彼らの人生を生きてもらいたいと、いつも話していたので
別に寂しいとも思わなかったし、卒業したら帰れとも言いませんでした。

 それでも長男は就職を決める時「帰らなくてもいいのか」と言ってくれました。
友人たちが家の都合で実家に帰るのを目の当たりにしたからでしょうか。
 で、そのまま二人とも東京に居ついてしまいました。

 私たち夫婦は二人して大好きな自分たちの街で、のんびりと思うように生きて来たました。
平成元年は私たちもまだ若かったから、仕事にも趣味にも精一杯頑張っていました。

 私にとっての平成は十九年までは、本当に若き日の貧乏生活を思い出しては、
「人生って上手く出来ているね。いつかはバランスが取れるようになっているんだ」
と二人で笑ったものです。

 ところが笑っていたのはそこまで。後の十一年を涙にくれて寂しく一人で生きて行く
ことになろうとは。
 でもその生活にもいつしか、年を重ねることで諦めと「仕方ないさ」という気持ちになり
 今では一人を満喫していると言ったらやせ我慢に聞こえるでしょうか。

 年末年始やゴールデンウィーク、秋が来た、夏もいいと東京へ来る私に、ご近所さんは
少し私の姿が見えないと、「東京へ行ってたんですか」と聞きます。
 私のこの生活パターンをいつまで続けて行けるのか、今のところ足腰も大丈夫だけど
寄る年波には勝てない気もします。
 
 まあもう少し新天皇と皇后のご活躍を見ていたい気もします。
何よりも上皇様が、激務から解放されてのんびりとお二人で歩まれる、これからの日々が
安らかにお幸せに長く続かれますよう、お祈りしたいと思います。

 さて私は考えた挙句平成最後の日、銀座を歩きましょう。
少しだけ贅沢して、美味しいお昼ご飯食べて、素敵な喫茶店でコーヒータイムを。
 小雨のぱらついていましたが、傘をさすこともなく楽しい銀ブラでした。
大好きな鳩居堂で買い物しました。木村屋のアンパンも買いました。
 快く一緒に歩いてくれた娘には、後日何か買ってあげよう。「内緒」


 そして今日は令和元年、五月一日。今から近場へ出かけてきます。
今度は息子が渋々一緒に行ってくれそうです。

 明るくて元気で戦争のない令和時代が続きますように。
 









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桜に雪 新元号の春が来た [エッセイ]

 暖冬だ、今年は暖かいと喜んでいました。
本当に朝起きるとき寒くて辛いと思ったことはありませんでした。
 特に二月と三月は体調も良くて、毎日好きなことのし放題。
 お出かけはなく、訪ねてくれた友と我が家でゆっくりとコーヒータイム、それなりに好い日を
送ることが出来たました。
 
 ところが春分の日が過ぎて「暑さ寒さも彼岸まで」などとお花見の相談やら、たまには美術館で
覗いてみましょうと、予定を立てたころから寒い日が戻って来ました。
 
 開花宣言したまま桜の花が咲きません。楽しみにしていたお花見も花がなくては話にならない。
しまったセーターやコートまたで出してきたり。

 今年は庭のさくらんぼも、梅も白山吹、アイリスまでが随分早く花が咲きました。
そしてずっと遅れて紫木蓮、蘇芳、利休梅が今やっと咲いています。

 足踏みした春にいら立っているうちに四月が来ました。

 そして新元号の発表。耳にも優しい感じの「令和」

 これは嬉しかったです。
まさかその典拠が万葉集だなんて。ひとしきりテレビにかじりついてほんわかしていました。
大好きな万葉集、高校時代からずっと結構読んだと思っていたのですが、「梅花の宴」を
すぐに思い出せたりはしませんでした。

 夜になってから万葉集巻五、「梅花の歌三十二首 併せて序」じっくりと読みました。
 ついにやにやしている自分に呆れつつ、でも少しは自慢げな気持ちが沸き上がってくるのを抑えながら。

 大宰府天満宮へは梅の季節以外にも何回か行きましたが、いつも道真や万葉人に思いを馳せて
悦に入っている私がいました。

 そして四月二日、日本列島すっぽりと寒波に覆われ、時ならぬ雪が降りしきりました。

テレビで見る満開の桜に降り積もった雪は、本当に幻想的で夢の世界にいるようで、これなら
少しくらい寒くてもいいか、と思ってしまいました。

 この寒波も明日の朝までとか、三寒四温少しづつ本当の春は近づいています。

 明後日、私は生まれ故郷の街に出かけます。小学校から中学校二年までを共に過ごした仲良しと
四人で楽しい一泊旅行です。電車で行く私を三人が駅で出迎えてくれます。
 十年振りの再会です。あの時もみんなで私を励ますために集まってくれたのでした。
でもこの十年で、どんなおばあ様が揃うか怖いような嬉しいような。
 また一つ楽しい思い出を作ってきます。
 
 さあ年相応に頑張って昭和 平成 令和とゆっくり歩いて行きましょう。

 平和が続くことを信じ祈りながら。




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自分らしく思う通りに [エッセイ]

 今日も朝から気持ちの良い青空です。
 ついに春が来た! と声に出して言ってみてにっこり。
 風は時折冷たいし、冬に戻りそうに寒い朝はリビングの温度計を日当たりのいいところへ。
 私は天気予報を見るのが好きで、だいたい一週間分は覚えておきたいのです。
 これは私の行動の原点といっても過言ではありません。
 このところ体調もよくて、どうしたことか「のら」の私はどこかへ消えてよく動いています。

 先日は突然にキッチンの戸棚の整理を思いつきました。
 欲張りの私が出来る限り壁面いっぱいに取りつけて、何でもかでもしまい込むのだろうと夫に
笑われたしろものです。
 あるある、不用品はとっくに処分していたつもりだつたのに、箱に入ったままの大鉢や
輪島塗のお椀。備前の湯飲みセット。今更IHに対応しない鍋などなど、笑ってしましました。
気に入って買っても「よそいき」と言ってすぐに使わない私に「よそいき」って。と大笑い
していた夫のこと思い出しました。

 ある日は玄関まわり、ドアはいつも開いている方しか開かないと五年くらい知らなくて、それ以来掃除もしてなかったのを思い出して、片方の細い部分を開けてみました。
 細かい隙間に貼っている蜘蛛の巣かごみを取り除き、水で洗い直してきれいになりました。

 その間いつも通りお雛様も飾ってひと安心。椿の花も満開です。

 あれほど毎日しんどいと落ち込んでいた一月が嘘のようで嬉しい誤算です。
親友を失った悲しみは、意識して胸の奥に封じ込んでいます。

 こんなにいい毎日、先日小学校時代の故郷の友人から久し振りに電話がありました。
つもる話が弾んで桜でも咲いたら会いたいねということに。また楽しみが増えました。
 最後に彼女が言いました。
「今は元気で一人でいるけど最後はどうするの?誰に面倒みてもらうの」
 私が今まで考えたことなくて、このところ眠る前に毎日考えていることをずばり。

「ずっと一人でいて最後は施設に入る」
 この考えは数年前施設に入った友を訪ねた帰りに捨てました。どこがどうという訳でも
なくて本能的に嫌だと思い自分でも納得したものです。

 もしまだ数年生きることになったら.....

 止めた止めたケセラセラ。

「息子も娘もいること忘れないでよ」という娘。ほんの少し「そうよね」と思っている私。
威勢のよかった私も年相応のばあさんになったかと思うと悔しい。

 いえいえ私、気を若く持って今まで通り最後まで自分らしく思う通りに生きていきたい。
 ずっとずっと昔夫と約束したように。

 三月の透き通るように青い空、今日もとても優しく穏やかな風が吹いてます。


 

 
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嬉しい春の訪れ [エッセイ]

 思ったよりずっと早く春が来た。
今朝見たらもうさくらんぼの花が五つ六つ開いている。それなのにえひめあやめもまだ次々に
優しい紫の花をつけている。
 花たちをみて、つい笑顔になる自分の単純さに呆れつつ、それでも嬉しくて心が躍る。

 代わり映えのしない毎日が過ぎて行く一人の生活。何かしているので退屈をすることはないが
楽しいとか嬉しいとかいう感情とはほど遠いところにいる私。

 お茶を飲んでほっと一息ついても、思い浮かぶ友たちの顔は....
老々介護、病院通い、そしていくつかの高齢者施設の一人の部屋。春になっても二つ返事で
付き合ってくれそうな人はいない。年を取るということは寂しいことだと今更のように思う。

 それでも春めいた日差しに誘われていつもの散歩道を歩いていて立ち止まってしまった。
固まって生えている一面の枯芝の中に、淡い薄水色のいぬふぐりの花が、星が降って来たように
辺り一面に咲いている。

 私はつい胸の辺りが切なくなり、なにやら懐かしい想いがあふれた。
あれはもう半世紀以上前の話。
 毎年この花を見る度に思い出しては少し嬉しがっている私。そしてこの花が咲くのを心待ち
しているのに、今年は思いがけなく早く見つけた。
 
 夫は無類の花好きで、デートの時など花屋さんの店先で、道端で野原で、よく花の名前を教えてくれた。それなのに私が高校の時作って、先生に褒められたとぬふぐりを詠んだ俳句の話をしたら
いぬふぐりを知らないという。どこの道端にもいっぱい咲いていたのに。

 数か月経って二人で初めて行ったお城跡の草むらで、いぬふぐりの薄水色の花を見つけた。
そしてとても得意げに私はこれがいぬふぐりだと教えた。
何だか嬉しくて、いつも教えてもらってばかりいたので、少し態度も大きかった気もする。
 そしてその日から夫もこの花が大好きになった。二人の家の庭も早春には薄水色になった。

 春めいた風が私を現実に引き戻し、私はもう一度しゃがみこんでいぬふぐりの花をみた。

 春が来たのだから、もっと前向きに楽しい毎日を過ごそう。寂しがっても泣いても笑っても
一日は一日。
 事情のある友にも一度声をかけてみよう。みんなで楽しいこれからを歩こう。
 早春の光を全身に受けて上を向いて歩きだすと、なんとなく力が沸いて来た。

 もうすぐ弥生三月、お雛様を飾って花は桃の花。ちょっと嬉しくなってきた。













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春立つ日 ひとつのさようなら [エッセイ]

 視界から銀色の車体が消えた。
思ってもみなかった感慨が体の中心からじわじわと全身に広がった。
 
 立春と聞いてもまだまだこんなに寒いのに。と毎年思ってきた。
今年は違った。朝からうらうらと優しい日差しがいっぱい降りそそぎ風もない。

 こんな日に愛用のバイクとお別れできるのは良かったと思う。
十三年間お世話になった。買い物にカルチャーに命日のお墓参り、毎日の乗らない日はなかった。

 しかしここ二、三年は遠出は止めて近くの電停まで五分とかスーパーまで五分とか。
それに弟たちや子供たちに「バイクは止めろ」耳にたこが出来る程言われ続けたし、自分でも
もう潮時だと思えた。
 今年は免許更新の年だったので昨年秋に更新しない決心もした。


 このバイクは私にとって三台代目、必要にせまられ免許をとって三十六年無事故無違反を
通していたのに、五年くらい前初めての道で、一時停止の標識を見落とし白バイに。
 あの時の悔しさ、自分のミスを棚に上げにこやかに応対する若い警官を憎んだ。
それからは知らない道でも「一時停止」の標識はすぐ目につくので、捕まるのもいいか。


 バイクとの別れがつらい訳がもう一つある。

 このバイクは夫が亡くなる前年二人で買いに行ったものだ。ケチの私はもうそう遠くまでは
乗らないのだから、安いのにしょうと決めていた。
 彼は違った。「命を預けるものだから」とその時の最新型のホンダに決めた。
どれでもいいと言う私にヘルメットも一番いいのを選んだ。
 あの時の夫の顔は今でも覚えているが、私より満足げで嬉しそうだった。


 翌年夫が病気になり、入院していた四十五日間、私はこのバイクで毎日病院に通った。

 昨秋バイクは廃車を考えて買った店の店主にもそう伝えていた。

ところがたまたま訪ねて来た知人とバイクの話になり
「大切にきれいに使っているし、距離を乗ってないからまだまだ乗れる。うちのはもう時々
エンジンもかからないので、よかったら譲って欲しい」

 廃車してどこでどうなったかより、知人が乗ってくれたら私も嬉しいと思った。
そして二月に譲り渡す約束をしていた。

 一月東京から帰ってから暖かい日に少しづつバイクの掃除をして、保険証や防犯登録
キーも予備の真新しいのと揃えて、いつ知人が来てもいいようにしておいた。

 昨日待ちかねて電話をした。知人はあまり早々に行くのもとためらっていたらしい。


 そして今日ご夫婦で見えて、諸手続きの準備も終わり、ゆっくりとお茶を飲みながら
「どうぞよろしく」と私。
「有難うございます」と知人。

 颯爽と私のバイクに乗った奥さんが軽快なエンジンの音を残して帰って行った。


 バイクが見えなくなった途端何故か切なくて苦しくて胸がいっぱいになった。
気がついてはいなかったが、私にとってはやっぱり大切なもの。夫との思い出のバイク。

 蝋梅のかすかな香りが風にのって漂っている。庭の寒あやめも愛らしい紫を見せている。
 
 穏やかな春立つ日のさようなら、私の優しい思い出がまたひとつ。








 

 

 


 



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