面影草 13 [短編]
六年ぶりの転勤で彼は我が家に帰ってきた。
充実していたこのところの私の一人暮らし。まわりの人たちの声は
「大変になるよ。勝手気ままにやってきたことが癖になっているからね。」
私はそんな声を聞きながら、なんだか浮き浮きしいいる自分の気持を
大切にしたいと思っていた。
ところが職場の決まりで管理職は自宅があっても、一応施設にある
宿舎に入らなくてはならないとのこと、結局市内別居ということに
なってしまった。
彼は少しがっかりしたようで、知らなかったなあとつぶやいていた。
ほほほ、やったね望むところだ。神様は私の味方私の自由は確保された。
こうして彼は立派な3LDKにひとまず落ち着いた。
肝心の食生活も施設の食堂を利用すればいい。
私は彼の世話など何ひとつすることもなく、いざという時には電話
一本で駆けつけてくれるほどの近く彼がいてくれるのが嬉しかった。
本当は自分が楽することばかり考えていた私だったのだ。
彼は休みになると帰ってきて庭の手入れに余念がなかった。
見捨てられていた木や花たちはみるみる元気を取り戻し、そんな庭を
見ている彼の眼は、優しくて幸せそうで、そんな様子の彼を見る私も
ずっと忘れていた心のゆるやかさのような、安堵感に充たされていた。
彼が忙しいときには私が行って、ご馳走を作ったり、掃除や洗濯を
するのも楽しかった。
ふとあの赤い屋根の小さな家で過ごした若い日々を思い出したりした。
そして計画されていた彼の施設の二年をかける改築工事が始まった。
すっかり忙しくなった彼はほとんど自宅へ帰れなくなり、私が彼の処から
職場に行くこともしばしばあり、私もそうのんびりとはいかなくなった。
東京で働いている子供たちとも、新年や夏休みに帰省した時に会う
くらいで、それでも充実していた頃て゜はなかったろうか。
二年後施設は立派に出来上がり、盛大な行事が次々に行われ職員たちも
晴れ晴れと元気に笑顔で営業を再開することができた。
彼も忙しかったけれど、大きな仕事をやり遂げたという満足感があった
だろうと私は内心彼に尊敬の念とともに、羨ましさも感じていた。
そして人事異動がありやっと彼が我が家に帰ってきた。
この頃、仕事にも少し余裕ができたという彼を誘って休みによく出かけた。
もともと旅好きだったから、相談はすぐにまとまっていつでも飛びだせた。
「結婚以来初めてだね。お金のこと考えずに思ったことが出来るのは」
思えば三十年近い厳しい月日を二人で歩いて来たのだ。
その間少なくとも私は大きな不安や不満をもったことはなかった気がする。
今横にいる彼はすっかりおじさんになって鬢のあたりに白いものも見える。
私だって友人の中でどちらかといえば一番汚くなった。
遠くに見える山、少し走れば穏やかな海の青い色。大好きなこの街で
自分の仕事があり、家族が健康で、こんなに素晴らしいことがあるだろうか。
私は今この時を大切にしたいと心から思った。
充実していたこのところの私の一人暮らし。まわりの人たちの声は
「大変になるよ。勝手気ままにやってきたことが癖になっているからね。」
私はそんな声を聞きながら、なんだか浮き浮きしいいる自分の気持を
大切にしたいと思っていた。
ところが職場の決まりで管理職は自宅があっても、一応施設にある
宿舎に入らなくてはならないとのこと、結局市内別居ということに
なってしまった。
彼は少しがっかりしたようで、知らなかったなあとつぶやいていた。
ほほほ、やったね望むところだ。神様は私の味方私の自由は確保された。
こうして彼は立派な3LDKにひとまず落ち着いた。
肝心の食生活も施設の食堂を利用すればいい。
私は彼の世話など何ひとつすることもなく、いざという時には電話
一本で駆けつけてくれるほどの近く彼がいてくれるのが嬉しかった。
本当は自分が楽することばかり考えていた私だったのだ。
彼は休みになると帰ってきて庭の手入れに余念がなかった。
見捨てられていた木や花たちはみるみる元気を取り戻し、そんな庭を
見ている彼の眼は、優しくて幸せそうで、そんな様子の彼を見る私も
ずっと忘れていた心のゆるやかさのような、安堵感に充たされていた。
彼が忙しいときには私が行って、ご馳走を作ったり、掃除や洗濯を
するのも楽しかった。
ふとあの赤い屋根の小さな家で過ごした若い日々を思い出したりした。
そして計画されていた彼の施設の二年をかける改築工事が始まった。
すっかり忙しくなった彼はほとんど自宅へ帰れなくなり、私が彼の処から
職場に行くこともしばしばあり、私もそうのんびりとはいかなくなった。
東京で働いている子供たちとも、新年や夏休みに帰省した時に会う
くらいで、それでも充実していた頃て゜はなかったろうか。
二年後施設は立派に出来上がり、盛大な行事が次々に行われ職員たちも
晴れ晴れと元気に笑顔で営業を再開することができた。
彼も忙しかったけれど、大きな仕事をやり遂げたという満足感があった
だろうと私は内心彼に尊敬の念とともに、羨ましさも感じていた。
そして人事異動がありやっと彼が我が家に帰ってきた。
この頃、仕事にも少し余裕ができたという彼を誘って休みによく出かけた。
もともと旅好きだったから、相談はすぐにまとまっていつでも飛びだせた。
「結婚以来初めてだね。お金のこと考えずに思ったことが出来るのは」
思えば三十年近い厳しい月日を二人で歩いて来たのだ。
その間少なくとも私は大きな不安や不満をもったことはなかった気がする。
今横にいる彼はすっかりおじさんになって鬢のあたりに白いものも見える。
私だって友人の中でどちらかといえば一番汚くなった。
遠くに見える山、少し走れば穏やかな海の青い色。大好きなこの街で
自分の仕事があり、家族が健康で、こんなに素晴らしいことがあるだろうか。
私は今この時を大切にしたいと心から思った。
2017-02-06 11:50
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コメント(4)
せっかく帰ってきたのに、一緒に暮らせないなんてことがあるんですね。
奥さんの手料理食べたかったでしょうね。
だけど離れているからこそ、大切さがわかるのかもしれませんね。
by リンさん (2017-02-08 00:02)
世の中思うようにはいかないものです。
だからこそその時を大切にしたいものです。
by dan (2017-02-08 23:13)
気ままに過ごしている生活に慣れてしまったら
彼が帰ってくるとなったら ワタシだったら。。。
『え~ 帰ってくるのぉ?』とか言ってしまいそうですし
宿舎に入るって聞いたら ほっとするかもしれません。
あぁ ひどい相棒だわ~
by みかん (2017-02-09 20:22)
みかんさん。ひどい相棒でないよ。
主婦はみんなそう思うでしょう。私もそうです。
ただ小説となるとカッコつけたい気もあります。
でも夫婦は仲がいいのが一番だと思いませんか。
by dan (2017-02-09 22:51)