つゆ草の道  3 [昭和初恋物語]


 梅雨が明けて夏らしい暑さが続いていた。七月初めサークルの会の日、芙美は
少し早めに会場に行くと、晃が一人で窓際に立っていた。外を眺めている後ろ姿が
何だか寂しげで、芙美は小さい声で「こんにちは」と言った。晃は驚いたように振り
返って「ああ笹井さん早いですねこの間は失礼しました僕後で少し反省したんです
自分勝手すぎて、ちょっと強引だったのではないか.....とそうだったら許して下さい
僕って思いつめたら後先分からなくなることがあって。」いかにも申し訳なさそうに
ペコリと頭を下げた。
 芙美はふとおかしくなった。何て正直な人なんだろう。これでは偶然に私に逢った
のじゃないこと白状しているようなものでしょう。彼女は「いいえ私は別に」と言葉を
濁して席についた。
 時間が来て講師が今日のテーマの、この街の南を流れる大川の江戸時代の治
水工事の話を始めた。会員は男女十四、五人みんな熱心に聴いている。芙美は
窓の外に目をやった。青い空をゆっくり流れる雲を見ながら、先日の晃と歩いた雨
の夜のことを思い出していた。[ 待ちぶせ ]ふっと思った。それなら辻褄があう。
私の職場、私の帰る時間、そんなのは調べればすぐわかる。
 講師の声が切れ切れに耳に入って来たが、芙美は少し混乱していた。何故、そ
んなことまでして。好子と佐代の顔が浮かんだ。思わず芙美は"ふっ"と笑った。もし
そうだとしても晃に対してはちっとも腹が立たなかった。いつもの芙美なら、絶対に
許せない行為だ。卑劣とか嫌らしいとか言って多分口汚く罵っただろう。こういう事
に関して異常なほど潔癖で、正義感いっぱいの芙美を職場のみんなはいつもあき
れ顔で見ていたのだから。
 会が終って帰り仕度をしている芙美に晃が声をかけた。「笹井さんこれから何か
予定あるのですか」そら来たっ!!芙美は思った。もうその手にはのらないぞ。別に
予定はなかったけれど「ええちょっと」「時間かかるのですか、実は映画の招待券
二枚貰ったんですよ、[裸の太陽]いい映画だそうです。五時からですから、もしよ
かったら僕待ってますから一緒に行きませんか」芙美が見たいと思っていた映画
だった。固い決心のつもりだったのに彼女はとも簡単に「いいんですか、それでは
急いで用事を済ませてしまいます」と承知してしまった。



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