つゆ草の道  最終章 [昭和初恋物語]


 土曜日の午後のデパートはジングルベルのメロディーが流れ、人で溢れている。
約束の二時まで後十分。書籍売り場の棚の陰から芙美は見ていた。
 晃の姿が見えた。グレーのコート、紺のスーツに紺のストライプのネクタイをきち
っと締め、辺りを見回している。三カ月振りに見る彼は、一層男らしく頼もしく芙美
には見えた。思わず彼女は飛びだした。「お帰りなさいっ!!」驚いたように晃も大き
な声で「ただ今」と言ったまま二人はじっと顔を見合わせた。二人とも胸が一杯で
言葉が出ない。しばらくの沈黙ののち「元気そうですね」やっと晃が言った。
 毎日会いたいと思っていた芙美が今目の前にいる。濃紺のワンピースの上に
はおった白いコートがよく似合っていて、"少し大人びたかな"と思った。
「佐原さんも。何か都会の人になったみていです。」芙美は小さく笑った。
「外に出ましょう。久し振りにこの街を歩きたいのです。」体中が何だかぽかぽか
している二人の意見が一致した。
 雑踏の商店街に出ると、ここも人が一杯で、師走の慌ただしさが伝わって来る。
そんな中を歩きながら二人には、三カ月の文通が効を奏し共通の話題が沢山
あった。
 晃は手紙には書ききれなかった研修の様子や、全国の方言が飛び交って面白
かった宿舎でのエピソードなど楽しそうに話した。芙美もこの三カ月の間に、晃に
は内緒にしていたけれど、一つ年を取ったこと、サークルで新しい友人が何人か
出来たことなど、珍しくよく喋った。随分歩いたような気がした。
 いつしか二人はいつかの夜、晃がロシア民謡を歌った公園にやって来た。
「ブランコに乗りましょうか」と晃。
 太陽は西に傾きかけていたが日射しはまだあって、裸になった銀杏並木を照ら
していた。
「笹井さんこの間の手紙読んでくれましたよね。あれ書くの凄く勇気がいりました。
でもあれが偽りのない今のあなたに対する僕の気持ちです」晃はブランコを漕ぎ
ながら、はっきりとした口調で言った。
 芙美にあの手紙を読んだ時の感慨が甦って来た。
「有難うございます。私あんなに嬉しい手紙初めてでした。佐原さんの気持ちを
しっかり受け止めたい、そしてそっくりそのまま私の気持ちとして、佐原さんにお
返ししたいと、本当にそう思っていました。」言ってしまって芙美は、大きく大きく
空に向かってブランコを漕いだ。

 もう二人に言葉はいらなかった。

 入り残ったかすかな夕光に、さざ波が光る堀端の道を並んで歩きながら晃は
この道がいつまでも続いていればいいのに、と思った。
 そしていつかきっと、その行きつく先に二人で見つめる同じ目的地があるよう
な気がしてならなかった。
 芙美がすっと晃に寄り添った。

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rondo

ちょっとくすぐったいような、甘くて懐かしい思い出を、久しぶりに思い出しました。

今日も寒かったですね。 お湯が沸く古いストーブを使っているのですが、灯油が1,700円もするんですよ。


by rondo (2012-02-26 23:57) 

dan

ひとしお春が待たれます。
最後まで読んで下さって有難うございます。
遥かな青春を偲ぶのも老化防止になるのでは!

by dan (2012-02-27 10:04) 

tomikoumi

初恋物語 ハッピーエンド よかった !

私の参加している SNS の日記にdan さんの「つゆ草物語」を紹介していました

拍手のコメントをもらっていました 私が書いているような錯覚を持ってしまいました
by tomikoumi (2012-02-27 20:07) 

dan

いつも有難うございます。
紹介して下さって恥ずかしいけど嬉しいです。
似たような内容ばかりで、もう少し勉強しなければと
考えています。
by dan (2012-02-27 21:28) 

リンさん

楽しく読ませていただきました。
ハッピーエンドでよかったです。
もどかしくて純粋な、素敵なお話でした。

danさんは、どんな小説がお好きなんですか?
やっぱり恋愛小説なのかな?
by リンさん (2012-02-27 23:37) 

dan

リンさんのコメントは格別嬉しい。
恋愛小説は好きではありません。特に今時のは。
だから昭和の話しか書けません。
昔宮本百合子、少し大人になってからは遠藤周作
藤沢周平、それから古典が好きです。変わり者なんです。
有難うございました。
by dan (2012-02-28 09:57) 

リンさん

遠藤周作は私も好きです。
特に好きなのは「深い河」です。
海と毒薬も好きです。
高校のときは、「沈黙」で読書感想文を書きました。
あと私は、五木寛之と村上春樹が好きなんです。
by リンさん (2012-02-28 19:32) 

dan

ああ五木寛之は最新作親鸞よみました。
村上春樹まだ読んだことないのですが
挑戦したいと思っています。リンさんとこんな
お話しが出来るなんて夢のようです。
by dan (2012-02-28 21:05) 

かよ湖

一気に読ませていただきました。
今度はハッピーエンドでよかったです。純愛ものは心が穏やかになっていいですね。
danさんの情景描写も相変わらず素晴らしく、そちらも楽しませていただきました。
ありがとうございます。
by かよ湖 (2012-03-01 00:28) 

dan

嬉しいなあ。よく似た話しか書けないので情けない
ですが、この路線で頑張ってみます。
かよ湖さんとりんさん若いお二人に読んで頂ければ
もうそれだけでるんるんの私です。有難うございました。
by dan (2012-03-01 21:13) 

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