つゆ草の道  8 [昭和初恋物語]


 十一月は職場の行事が相次いだ。運動会、二泊三日の慰安旅行、お月見会、
若い女性の多い職場は、何をしても賑やかで華やかで楽しかった。
 芙美も晃のいない寂しさを忘れて、精一杯この秋を楽しんでいた。
 晃からの手紙は一度も途切れることなく続いている。待ち遠しくて、やっぱり
嬉しくて芙美も欠かさず返事を書いた。この頃では毎日の出来ごとの他に音楽
や文学、時には政治のことなども話合うようになっていた。
 そんな中で「話し合いの中から生まれる信頼、思想に支えられない友情はな
い。共通意識を持って素晴らしい人間関係を結びましょう」と言った晃の言葉は
深く芙美の心に残った。

 晃の手紙

 昨日あたりから急に寒くなったようですが風邪をひいてはいませんか。
とうとう十二月ですね。僕の研修も終わり、今夜で東京ともお別れです。
 笹井さんやっと会えるのですね。会いたい!会いたい!会いたい! 何べんでも
叫びたいです。何故こんなに遠くに離れてしまったんでしょう。僕はこの三カ月
あなたのことを忘れて、勉強に打ち込もうと努力してきました。頂いた写真も実
は持って来ませんでした。そちらを発つ時から固い決心をしていたのです。
 でもどうしてそんなことが出来るでしょう。授業中ふと窓に目を移すと、林立す
るビルの上に青い空が見えます。そしてそれが二人で行ったあの西山公園の
青い空に繋がってしまうのです。休日に浅草寺や東京タワーに行っても、笹井
さんと一緒ならどんなに好いだろう。眠るときは夢ででも会いたいと願っていま
した。この手紙を読んできっと笹井さんは、いつかの夜のように女々しい。と笑
っているのでしょう。僕だけが僕一人だけがこんな気持ちなのでしょうか。
 今笹井さんが僕と同じ気持ちでいてくれたらどんなに嬉しいでしょう。
 面と向かっては、僕きっと今の自分の気持ちを言葉にすることは出来ないと
思うのです。で、最後の手紙に今まで抱えていたあなたへの想いを全部吐き
出してしまいました。気に障ったら許して下さい。ああ十二月十五日僕はどん
な顔をして笹井さんに会えばいいのでしょう。 午後二時いつもの所で待って
います。その時までさようなら。                      12月8日

 笹井芙美様                              佐原 晃

 芙美は読み終えてしばらく目をつぶっていた。目を開けると涙がこぼれそう
だった。嬉しかった。晃の気持ちが胸にしみた。そして今更ながらに晃への
想いが溢れて来て芙美はやっぱり手紙を抱きしめて泣いてしまった。
  

 
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