平成シニア物語 水仙  2 [平成シニア物語]

 康と亜紀は入社式の日に出会った。研修期間の二カ月も一緒でに過ごした。
康はいわゆる一目惚れで、秘かに亜紀と話すチャンスを狙っていた。しかし
二人が言葉を交わすこともなく、配属は希望通り康は営業、亜紀は経理と全く
別の所に決まった。
 新入社員は何かにつけて忙しく、二人は仕事に没頭していた。
 そんなある朝会社に向かう道で二人は偶然出会った。康はこのチャンスを
逃してはと積極的に話しかけ、その後やっとのことで二人で会うところまでこぎ
つけた。亜紀も康の誠実さ、やさしさに心を許すようになり、恋が始まった。
 康はすぐにでも結婚しょうと言ったが、亜紀には学生時代から会計士になる
夢があり、仕事を続けたい気持ちが強かった。
 しかし二年経った頃康の情熱に負けて、二十四歳の時みんなに祝福されて
結婚した。
 康は高校までを福岡で過ごした。父母とも教師で兄と二人円満な家庭で大
切に育てられたようだった。
 亜紀は生まれも育ちも東京の下町で、妹が一人、父は三代続く酒屋を営ん
でいた。
 新居は亜紀の実家からそう遠くない所に構えた。結婚しても仕事を続けたい
意思の強かった亜紀は将来子供が出来たら.....と両親をあてにしているとこ
ろがあった。
 その子供が出来るまで二人は理想的な結婚生活を送っていた。仕事も順
調で亜紀も勉強の合間を見つけては二人で大好きな星をみに出かけた。
 冷たく光る北の真冬の鮮やかな星。いっぱいの星を散りばめた秋の高原。
海の町から眺めた銀河。その一つ一つが二人の思い出となっていつまでも
胸の中に煌めいていた。
 長女の輝美が生まれてからも亜紀の思惑通り父母は孫の面倒を一手に引
き受けてくれて、亜紀は今までの生活と何ら変わりはないと思いこんでいた。
 しかしこの小さな家族が一人増えたことで康と亜紀の生活は一変した。
康は輝美が生まれたことを喜び、亜紀の想像以上にいいパパ振りを発揮して
彼女を助けてくれた。その可愛がりようは亜紀が呆れるほどで、忙しい仕事
をこなしつつ、精いっぱい頑張ってくれた。
 そんな中でもやはり亜紀の負担は重く、仕事や家事育児に追われる生活
が続き、亜紀はいつしか心の余裕を失い始めていた。
 こんな好条件の中で、働き続けている仲間など一人もいないことにこの時
の亜紀は気がついていなかった。
 自分の時間などひとつもない。亜紀のなかに少しづつ不満がたまっていた。
 
亜紀は子供の時から長女として家業の忙しい両親を助けてよく働いた。
商売が好きなのではと考えた両親は、高校を出たら店の後を継いでい欲し
いと願っていたが、亜紀はさっさと大学の経済学部に入った。
 彼女は何も言わなかったが、一日中コマネズミのように働く商売なんて絶
対に嫌だと思っていた。そして自分の一生の仕事を見つけて結婚よりも自立
して自分の思うように生きる人生に憧れていた。
 
 輝美が三才になり、少し手が離れてやれやれと思った頃、康はもう一人
子供が欲しいと言いだした。生活に困る訳でもないので亜紀に家庭に入って
欲しいと。
 康はまだ亜紀の仕事に対する情熱を甘くみていた。
輝美のことは可愛くて亜紀は母としての幸せはせいいっぱい貰っていた。
しかし仕事を大切に考えていた亜紀には次の子供のことなど考えたことも
なかった。亜紀はうろたえた。何故どうして。
 考えてみればこの頃から康と亜紀の間に微妙な心のづれが出来たのでは
なかったろうか。
 結局亜紀は仕事も止めなかったし、子供も産まなかった。康も強いて自分
の意思を通そうともしなかった。
 輝美が成長するにつれ亜紀も経理部では重要な職務につきいよいよ忙し
くなり、康も責任のある地位につき、家の中のことは殆ど両親に任せきりに
なった。そんな父母のもとでも、輝美は祖父母の愛情を一身に受けて素直で
いい娘に育った。
 ただ彼女の前にはいつも忙しく働いている両親しかいなかった。
 
時の流れの中でいつしか亜紀は、仕事をしている時が一番楽しく充実して
いて、家庭での諸々を疎ましく思っている自分に気が付いていた。
 実家の酒店は妹夫婦が跡を継ぎ今はコンビニとなり、父母は仲良く老いて
幸せな日々を送っている。
 康は亜紀がどんなに仕事を優先させても、そこが彼女のいいところだと
大らかに見守っていた。


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リンさん

女性がバリバリ働くのは、今でも難しいですよね。
自分がいかに恵まれた環境にいたか気づくのは、年を重ねてからなんですね。

by リンさん (2015-02-14 10:57) 

dan

有難うございます。
頭でっかちなところ気になっています。
あまり面白くもないですし、こういう女性もいたのではと
頑張ります。
by dan (2015-02-14 17:15) 

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