九月の風が胸に冷たく哀しいのは [随筆]

 待ち焦がれた虫の声を今朝がた聴きました。

あの賑やかな蛙の合唱といつの間に交替したのでしょう。

 今年の夏の暑さは尋常ではありませんでした。終日エアコンの中にいると

朝には今まで感じたことのない倦怠感に襲われて、頭も体も自分の思うように

働きません。

 病気かとも思ったりしたけれど、涼しくなったり友だちと会ったりすると元気が

出るところをみると、そうでもないらしい。

 ただひたすら涼しくなる日を待っていた私。

 ほぼ一カ月振りの雨らしい雨が降って嬉しくて、飛び跳ねたいるんるんの私。

 そんな私を一撃のもとに谷底に突き落とす知らせが来ました。

 Fさんが亡くなった.....。

彼はその昔、速記の勉強をしていた頃の仲間です。仕事が終わってから夜間の

学校で年齢も性別も違う人たちが集まって、速記士を目指していました。

 楽しかった二年間、誰も専門の速記士にはなれなかったけど、何故か気の合う

五人組ができました。アルバイトでは、都合のつく人何人かが組んで、随分色々な

所へ速記士然として出かけて仕事をしました。

 後の反訳にどれぼと苦労をしたことか、それでも三人寄ればなんとか....:

 アルバイト料が入ると、食事をしたり映画をみたり、これぞ楽しい青春でした。

 その後はそれぞれの道に進んだので、年賀状で近況を知るくらいの付き合い

になりました。

 二十年も経ったころ偶然再会して奥さんも速記をしていた人だったと知り、

親しくしていました。

 十年位前に病気になり、二人で頑張っていたのに、本当に残念です。

 
 この春から半年ほど何回電話をしても連絡が取れない友だちがいました。

 昨年の私の病気の時もお見舞いに来て下さって、元気になったら食事しょうと

約束していた友です。
 
どうしたのかしらと、心配しつつ夜ならと電話してみました。

 「もしもし」いつもと変わらぬ声を聞いてほっとした私に、彼女は想像もしなかった

辛い事実を話してくれました。

 突然脳梗塞で倒れ、四カ月も入院してやっと退院したところだと。

 胸がどきどきして、一瞬言葉がみつかりませんでした。それでも元気になって

よかったと言う私に彼女は静かな口調で

「今は右半身動かない。補助具なしでは歩くことも出来ないのよ。苦しいリハビリに

耐えてやっとここまでになったけれど、こんなことなら助からない方がよかった.....」

 私は何も言えませんでした。涙がぽろぽろとこぼれました。

 彼女は可愛くて聡明で私の自慢で憧れの友なのです。優秀な二人の子供さんの

手がはなれてからは、公民館活動や民生委員も引き受け、今や地域ではなくては

ならない人材です。

 自分のことで手いっぱいの私に「貴女も何かやりなさい」とよく言われたものです。

 すぐに飛んでいきたい私でしたが彼女は喜ばないでしょう。

 「良くなったら食事しましょう」なんて絶対に言えません。

 幸い優しい旦那様がお元気なので、二人ならきっと一緒に歩いて行けるでしょう。

 今のところ私は黙って見守り祈ることしか出来ない気がします。


 一年振りくらいに、今私が一番信頼し頼りにしている友から電話がありました。

 彼と私たち夫婦とは若い時からの友なのですが今は遠くに離れていて、五年前

奥さんを亡くされたとき以来会っていません。

 嬉しくて「久し振りですお元気ですか。」つい私も声が弾みます。

 彼は昨夜私の夢を見た。本当にいい夢だったので声が聞きたくなったのだと。

 そして十分ほど一緒に住んでいる子供さんのことなど近況を話し合いました。

 「ところで彼は元気かね。」

えっ! 何? 私は一瞬うろたえました。彼は私の弟のこともよく知っていたので....

 でもそんなわけありません。

「彼ってだれのこと?....」まさか。すぐに返事はありません。

「もしかして夫のこといってるの。彼は亡くなったのよ。奥さんと二人で来てくれた

でしょう。」

 「ああごめんごめん。そうだったなあ。忘れていたんじゃないんだが...」

 なかなか会えないけどせめて電話でてもまた話しましょうと電話を切りました。

 彼が夫のことを忘れていたとは思いたくありませんでした。

若い時からの私たちを一番理解していてくれた先輩夫婦だったのだから。

 それでも彼ももう八十六歳です。ぼっかり忘れることがあってもおかしくはない。

 私は人が年を重ねることの残酷さを思わずにはいられませんでした。


 私の好きな秋の足音がもう聞こえてきたのに、夫の秋明菊の白いつぼみが

膨らんできたのに、私の胸のなかでは冷たい風がそよりとゆらいでいます。




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智

大切なお友達を亡くされたとのこと、お悔やみ申し上げます。
なにごとも一期一会なのだと解かってはいても、大切な分だけ空いてしまった場所は大きくて寂しい。
そんなふうに想える出逢いのある人生こそ、豊かだなと想います。あらためて、danさんは豊かな時を生きておられるのだなあと。
そういう出逢いと時間のイギリス詩があったので載せてみました、ちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

by (2016-09-05 19:31) 

dan

有難うございます。
この所の暑さに参っているところへ立て続けの
ショックで立ち上がれないほど落ち込んでいました。
コメントみて少し元気でました。
智さんのブログは毎日訪問しているのですが
読むので精一杯でした。
自分のも書く元気ないです。台風がそれて今日も32度
あります。
by dan (2016-09-06 14:22) 

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