つゆ草の道  7 [昭和初恋物語]


 晃が行ってしまった日から、芙美は自分の感情に翻弄され続けていた。
 こんなはずではなかった。少しの間のさよなら....、三カ月なんてすぐだ、と
思っていた。会えないのが辛い、寂しいと言う晃を本当に女々しいと心底笑
っていたのに。
 芙美は思い知った。自分の中で晃がいかに大きな存在になっていたかを。
 上京して五日目、晃から初めての手紙が来た。
 やっと宿舎に落ち着いて研修も始まったこと、全国から集まった仲間をみ
ていると、しっかり勉強しなくてはと気持ちを新たにしたこと。東京は華やか
でちょっと気を許せば楽な方へ走ってしまいそうで、若者には刺激が強い所
だから自分でしっかりしなくてはと、気を引き締めたこと。
 その文面にはここで頑張って、これからの仕事に繋がる基本となるものを
自分のものにして帰りたいと決心した晃の気持ちが溢れていた。
 そして最後に、笹井さんも元気でお仕事頑張って下さい。お会いできる日
を楽しみにしています。と書いてあった。
 芙美は体から力が抜けて行くのを感じた。
 晃の手紙は余りにも月並みで、まるで事務連絡みたいだ。芙美はこのとこ
ろの寂しい切ない気持を癒してくれるような、やさしい言葉がいっぱい詰まっ
た手紙を期待していた。それなのにー。別れるときのあの女々しい晃はどこ
へ行ってしまったのだろう。
 窓から見える今夜の月は神々しいほどに冴え渡り、じっと見つめていると
芙美はふと泣きそうになった。
 芙美はすぐ返事を書いた。真剣に勉強している晃を自分なりに精いっぱい
応援したいと思うから、体に気をつけて頑張って下さい。とそして晃に対する
気持ちは、自分だけが寂しがっているようで悔しかったので、何も書かなか
った。そして最後に、私にとってお手紙が届くまでの五日間が、どんなに長
かったか想像できますか、とだけ書いた。
 晃からは毎週半ばには手紙が届いた。日記のようなその手紙で、芙美は
東京での晃の生活を手に取るように知ることが出来た。芙美も自分の日常
をまめに書き送った。
 どこからともなく金木犀の香りが漂い始め、遠くで祭り太鼓の練習の音が
聞こえてくる十月になった。
 夜などひとり部屋でいると芙美が考えるのは晃のことばかり。そしてまた
晃の手紙を取り出してみる。理路整然とした文面、誤字脱字のない男らしい
力強い筆跡。じっと見ていると無性に会いたくなって、胸が苦しくなってくる。
 芙美への想いなど一言も書いてない。ただどの手紙も最後に一行、会える
日を楽しみにしています。と結んでいる。
 佐原さんは私のことなど忘れてしまったのか。義務的に手紙を書いている
だけなのでは?芙美の中で湧いてくる不安は少しづつ大きくなって行った。




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リンさん

♪逢えない時間が愛育てるのさ♪
っていう、郷ひろみの歌を思い出しました。
今の人は手紙なんか書かないんでしょうね。
メールよりロマンチックなのにね^^

早くふたりが再開できますように。。。
by リンさん (2012-02-23 18:38) 

dan

読んで下さるだけで嬉しいのにコメントまで有難う
ございます。リンさんの作品は毎回楽しみにしています.「最後の扉」もコメントしたかったのだけど、他のコメントが的確で素晴らしいので気おくれしてしまいました。今後とも色々教えて下さい。

by dan (2012-02-23 19:37) 

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