都忘れの花白く   5 [昭和初恋物語]


次の日千穂が会社に行くと研の姿が見えない。どうしたのだろう、いつもなら
すぐ涼子に聞くのに今日はそれが出来なかった。
 昼頃になって、研が市内の営業所回りをしているので今日は出社しないこと
が分かった。千穂は何故かほっとした。涼子は何事もなかったように仕事をし
ている。昨日のことを彼女に質したい気もしたが、何だか怖くてそれは出来そ
うになかった。
 退社時間が来て千穂が帰り仕度をしていると、涼子が一緒に帰ろうと声を
かけた。電車のりばまで一緒に帰ることはよくあったのに千穂はびくっとした。
 商店街に出ると涼子が、お茶飲みに行きましょう。と半ば強引に誘った。
千穂は腹を決めた。もしかして昨日のことがはっきりするかも分からない。
 二人が入った喫茶店は明るくて、仕事帰りらしいOLたちでいっぱいだった。
窓際に座ると、春の夕暮れの街を行き交う人々がすりガラス越しによく見えた
 運ばれてきたレモンティーを一口飲むと涼子が突然言った。「ねえ泉田さん
あなた山部さんの事どう思っているの」千穂は飲みかけていたレモンティー
のカップを取り落としそうになるほど驚いて涼子を見た。彼女は落ち着いた
様子で千穂を見ている。「どう思うって?」消え入りそうな声で千穂が問い返す
「貴方たちどういうお付き合いしているのかと思って、もう長いでしょう」あなた
には関係ないでしょう。と千穂は思った。こんな質問に応える必要なんかない
と思った。でも何か言わなければ、「友だちかなあ....」向きになって言ってしま
って彼女は少しうろたえた。「友だちなんだ...」涼子は笑って言った。「でも二人
のこと見いいると恋人同士にみえるわよ。会社のみんなだってそう思っている」
 聞きながら千穂はのどがからからになり、頭の中がかっかっと不規則な動き
をしているのが分かった。
「ええ、でも私たちそういうこと話したことないから」「私たち成人したもう立派な
大人よ、そういつまでも友だちでいられるものかしらねえ」涼子は何を言いたい
のだろう。思考が停止してしまったような感覚の中で、千穂の口から自分でも
驚くような言葉が出た。「大津さんこそ山部さんのことどう思っているの。」
 涼子の顔が一瞬強張るのがわかった。でもすぐ何事もなかったように落ち着
いた声で言った。「私?私はかれのこと好きだわ。でも私がそう思っているだけ
で、山部さんがどう思っているかは全然分からない。」千穂は全身から血の気
が引いて行くのが分かった。思ってもみなかった涼子の言葉だった。
昨日街角で見た研と涼子の姿が、鮮やかに大きく千穂の脳裏に甦った。
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