都忘れの花白く   6 [昭和初恋物語]


 桜が満開になり、遠くの山には霞がかかり、道端には春を待ちかねた草花たちが
一斉に咲き競う。
 こんな美しい季節なのに千穂の気持ちは晴れず、考え る日が続いていた。
涼子はあれ以来なにごともなかったように、千穂に接していた。この頃千穂は研と
合っている時、彼がふっと考え込んだ表情を見せることに気づいていた。
 その夜は久し振りのデートだった。街全体が浮き立つような春の宵、こうして二人
で歩いているだけでも幸せな千穂だった。涼子のことがなければ....。私はこのまま
でいい。研の気持ちの詮索なんか....とさえ思った。でも今夜は心に決めていた。
 食事はよく行く和食の店、五、六人も座ればいっぱいになるカウンターと小部屋が
二つあるだけの小さな店で、上品な中年の女性がにこやかに迎えてくれた。
通された部屋は三畳ほどで、正面に障子窓があり、その脇に飾り床がある。そこに
小さな竹かごの花入れに、濃紫と白い都忘れの花がしっとりと活けられていた。
その花の可憐なたたづまいが、今夜は一入千穂の心に染みた。
 二人はゆっくりとお茶を飲んだ。今すぐ切り出さないと決心が鈍りそうだった。
「ねえ、食事の前に私話したいことがあるの、ちょっといいかしら」千穂が言った。
「うん、まだ時間早いから大丈夫だよ」研も心なしか緊張した面持ちだ。「私から
こんなこと言い出すのどうかと思うのだけど、私なりに考えた末のことなの起こらな
いでね。」胸の動悸が一際高くなった。「もう私たち一年もお付き合いして、お互いの
ことよく分かったと思うの。少なくとも私は山部さんのこと大好きだし信じてもいるわ。
そして、今では結婚するならこの人しかいないと思っています」千穂は一気に言って
大きく息を吐いた。「今夜は山部さんが私のこと、どう思っているのかはっきり聞き
たいの。今の気持ちが知りたい。私が今までのように山部さんのこと信じていていい
のかどうか。それが知りたいのです。」研は大きくうなづいて千穂を見た。
 「ごめん、こんなこと女の君に言わせるなんて本当に申し訳ない。僕もずっと悩んで
いたんだ。年上の男の僕が決断すべきだったんだ。ぼくも千穂さんのこと好きだ一緒
にいると心が安らぐ。そして君の気持ちも僕にはちゃんと分かっていた。」研は言葉を
切って、ふーと深いため息をついた。そして黙ってしまった。
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