都忘れの花白く   7 [昭和初恋物語]

 
 千穂は不安で胸が締め付けられるように苦しかった。結婚したいとはっきり
伝えるのは勇気のいることだった。私はそれを言ったのに研は応えてくれなか
った。もうよそう、今夜はこれでいい。好きだと言ってくれた、私の気持ちは分
かっていると言ってくれた。それだけでいい。
 千穂の中に、薄雲のように広がっている涼子のことなど、とても問いただせ
そうになかった。
 「食事にしましょう」明るい声で千穂が言った。
 針のむしろに座って、砂を噛むような食事。どんな話をしたか、何を言ったか
この小一時間のことをずっと後になっても千穂は思い出すことは出来なかった。

 梅雨になった。
 ある日曜日、千穂は一人で書店に行った帰り、姉に頼まれていたコーヒー豆
を買いに喫茶店に立ち寄った。店頭で待っている間にふと店内に目をやった千
穂はわが目を疑った。ブルーのレースのカーテン越しに、楽しそうに談笑してい
る研と涼子がいた。千穂の胸は高鳴り、どのようにその場を離れたのかも分か
らぬうちに、気がつくと雨の中を傘もささずに歩いていた。
 自分の気持ちを研に伝えてから二カ月、二人の関係は今までと変わることは
なかった。涼子への拭いきれぬものはあったが、千穂は研を信じようと決めて
いたのに。もう彼女はどうしていいか分からなかった。
でも涼子のことをこのままにしておくことだけはは出来ないと思った。
 夜になっても止むことなく降り続いている雨が、千穂の心を一層冷たく悲しく
させた。
 ふと光代の顔が浮かんだ。彼女に話してみようか....いやいやこんなことで心
配はかけたくない。
 明日はもう一度研と話そう、彼の本心を聞きたい。千穂は心に決めた。
 眠られぬ夜が明けた。今日会社で研と涼子の顔を見ることはどうしても出来
そうにない。千穂にはその勇気がなかった。会社は休んだ。
 四時過ぎ研に電話して、今夜合って欲しいと約束した。
 約束の喫茶店に時間より早く研がやって来た。「体でも悪かったんじゃないの
会社休んて゛いたから、どうしたのかと思って」言いながら心配そうに千穂の顔
を覗き込んだ。千穂はそれには応えず、ずばりと言った。「昨日大津さんと会っ
ていたでしょう。私見てしまって....」
 研の顔が強張った。黙ったまま千穂を見ている。何か言って!! 偶然出会って
お茶飲んだだけだよ。嘘でもいいからそう言って欲しかった。
 じっと研の顔を見ているうちに、千穂はどんどん冷静になっていく自分を感じ
ていた。

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