都忘れの花白く   9 [昭和初恋物語]

 梅雨が明けると一気に夏がやって来た。
「自分の気持ちを大切にして」あの雨の夜光代が言った言葉が千穂の耳に鮮や
かに残っていた。
 私の気持ははっきりしている。研に対して最初から変わることはなかった。
その気持ちが、結婚という形で受け入れられないと分かってからも、千穂は彼へ
の想いを諦めることは出来ないでいた。
 研に誘われれば映画にも行ったし食事もした。今までのようにはいかなかった
が二人でいることが嬉しかった。自分の気持ちを話してしまった研の方は、かえ
ってすっきりした様子で、前より明るくなったように千穂には見えた。
 あの後しばらくして光代に「山部さんとのことどうなった?」と聞かれた時、今ま
でと変わったことはない、と応えた千穂に、光代はあからさまに嫌な顔をした。
 嫌というより、世にも情けない!! といった様子で言い放った。
「私は千穂が大好き、だから千穂には誰からも羨ましがられるような素敵な恋を
して欲しい。先の見えない一方的な惨めな恋なんて最低。恋は盲目なんて言葉
賢い千穂には似合わないよ」
 そして千穂らしい正しい決意を聞くまでは、しばらく会いたくないとぽろぽろと
涙をこぼした。
 恋とはほど遠い所にいる光代に、千穂の複雑な切ない心境が分かるはずも
なかったし、どんなに説明しても、今のままの状態では到底納得はしてもらえな
いと、千穂も半ばあきらめていた。

 朝夕は少し涼しくなって虫の声も聞こえ始めた頃、千穂は研と涼子が正式に
婚約したことを知った。
 会社の先輩が「余計なことかもしれないけれど...」と遠慮がちに教えてくれた。
予期していたとはいえ、千穂は立っていられないほどの衝撃を受けた。
 今まで怖くて唯の一度も涼子のことを聞いたことはなかった。研も何も言わな
かったことで、千穂の中で小さな小さな希望の灯は消えずにいたのに。
 ---終わったーーー私の負け。
 今更ながら自分の意思の弱さが腹立たしかった。
 それでもまだ「本当なのか、単なる噂なのでは」と心の隅でそう思いこもうとし
ている千穂がいた。もし本当ならせめて研の口から真実を聞きたかった。
 次の日昼休みに千穂は研を屋上に呼び出した。
空の色とひんやりした風が、秋の訪れが近いことを感じさせた。城山が正面に
見えるベンチに腰掛けるとすぐ千穂が言った。「昨日聞いたのだけれど、山部
さん大津さんと婚約したって本当ですか」胸が張り裂けそうに痛くなり、全身が
小刻みに震えているのがわかった。




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