筒井筒~港の町で 再会 [昭和初恋物語]

 出かけに架かって来た電話に手間取って奈央は焦ったが、約束の時間には
間に会いそうだった。
 あの川が見える高台の喫茶店、重いドアを開けると、すぐ淳の顔がみえた。
 あの日から爽やかな五月の風の中で、二人の胸に通いあったほのぼのとし
たものを大切にして、淳が帰省する度によくデートしたものだ。
 大学を卒業して、奈央は親元を離れ、大好きなこの街の市役所に就職した。
淳は大手の銀行マンになった。勤務先が東京と聞いても、奈央は自分の気持
の中に、淳と遠くに離れてしまう寂しさをあまり感じなくて不思議だった。
 二人でいると心地よい、お互いその程度の関係だと悟って、別に抵抗なくそ
れぞれの任地に赴いた。
 「お久し振り元気そうだね」健康そうな白い歯を見せて淳が笑った。
「本当、考えてみたら三年振りかなあ。前にこの町で会ってからだともう六年
にもなるよ」奈央も本当に懐かしい思いで応えた。
 二人が社会人になってからは、学生時代に考えていたより忙しくて年賀状
を交わす程度の付き合いになっていた。
 淳は大都会の中で忙しくしていても、何もすることが無くて一日中自分の部
屋に閉じこもっている休日など、ふと奈央のことを思った。
 今度の出張が決まった時、淳は奈央に会おうと決めた。
 テーブルの上の冷たいレモンソーダの小さな泡が、コップの中でゆらめいて
いるのを見ながら、淳は久し振りに心身共にリラックスしている自分を感じて
いた。
 あの時と同じように、一本の手紙で文句も言わずに会いに来てくれた奈央の
優しさが嬉しかった。
 何か物思いに耽っているような淳の様子を見ながら、奈央の中に懐かしさが
募って来た。すっかり落ち着いて銀行マンらしい大人の淳がいた。
「何か急用でもあった?」奈央が声をかける。「うん、別に何もない。久し振りに
奈央の顔が見たかったのかなあ」「そう、そんな時あるよね。私たち昔からそん
なもんだね」奈央は無邪気に言ってレモンソーダをぐっと飲んだ。
 「恋人出来た?」突然淳が聞いた。奈央ははっはっはと豪快に笑って、「えー
今の所そんな気もないし、私福祉関係の仕事だから、お年寄りの相手ばかりで
そんなチャンスも全然なくて。淳こそいい人出来たんでしょう。都会には美人も
沢山いるからね」
 淳は黙って奈央を見た。昔と少しも変わってない。明るくて素直で可愛くて、
そんな彼女をこのままそっとしておいてやりたい。そんな気がしてきた。
 窓から見える青い川の流れはゆるやかで、あの日から六年もの時が経った
ようには思えない。
 淳は七月からベルリン勤務になることを、奈央には言うまいと心に決めた。
 二人にとって、五月の光に満ちた港の町での六年目の再会だった。

                                         
                                           
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コメント 4

リンさん

こうして会っていても、恋人ではないんですね。
お互い好きなのに…
もどかしさが、またいいですね。
by リンさん (2012-06-06 00:15) 

dan

一話完結と思っていたのですが、娘に続きがあるのかと思った、言われて書いてみました。
又感想など聞かせてください。有難うございました。
by dan (2012-06-06 19:06) 

かよ湖

え~、あれから6年も放っておくなんて・・・もう少し淳の男気を見たいなぁ。
しかも、奈央に「いい人出来たんでしょう。都会には美人も」とか言われているのに、まだ黙っているって、私はその優しさは耐えられないなぁ。
でも、それが「昭和のよき恋愛」なのでしょうね。
danさんの綴る現代とのギャップのある「昭和恋愛物語シリーズ」。これからも楽しみにしています。
by かよ湖 (2012-06-20 01:07) 

dan

かよ湖さんははっきりした性格なのですね。
現代っ子なのですよ。
淳は奈央の気持ちを掴みかねているのです。
奈央は淳のこと好きなのかなあ。
続きどうしましょう。
有難うございました。
by dan (2012-06-20 12:40) 

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