筒井筒~港の町で  夢 [昭和初恋物語]


 十一月に入って役所の前の大通りの銀杏が色づいて来た。
 奈央はこの道が好きだ。特に夕暮れ家路に着く頃の、夕陽を浴びて金色に揺れ
る並木は美しくてつい立ち止ってしまう。
 奈央は昨日の母からの手紙のことを思い出した。ー今年は御用納めが終わった
ら直ぐに帰って来るように、大切な用事がありますー。
 奈央は又! と可笑しかった。きっとお見合いの話なのだ。結婚相手は自分で見つ
ける、と言う彼女の言葉をききいれて、両親は今まで何も言わなかったが、ここにき
て高校時代の友人たちが、次々に結婚して行くのをみて母は少々心配になったらし
い。この頃では家に帰る度に何やかやとうるさい。
 奈央は結婚はしたいと思っていた。でも今の福祉の仕事が自分には合っていて
一生の仕事にしてもいいように思い始めていた。
だからもっと勉強をして専門の知識を身につけたいと考えていた。そんな自分を理
解してくれる人が現れたら、その時は結婚のことも.....。
 そんな訳で休日も図書館に行ったり、勉強会に出たり結構忙しくて、あまり実家に
帰ることもなかった。
 夜になると街から少し離れた所にある奈央のアパートでは、虫の声がよく聞こえた。
一日の仕事を終えて家に帰り、早めの銭湯に行き食事の後も、静かにプレヤーで
好きな音楽を聴きながら専門書を読む事の多い奈央の日常だった。

 どこの砂浜だろう。透き通った藍色の海が広がり、波の音が聞こえる。夏の初め
の太陽の光がまぶしくて、大きな日傘をしっかりさして奈央は砂浜にしゃがんでいる。
手に持った駕籠の中には、白や青や黒の形のいい小さな石を、もう重さを感じる程
拾った。「これでよし」これらの石を自分の部屋のメダカの水槽の中に沈めようと思っ
ている。立ちあがろうとした時奈央は目の先に小さなピンク色の貝を見つけた。
 蝶が羽を広げたような形で、少し砂に埋もれている。さくら貝だ。手にとってよく見る
と貝殻の外側は淡いピンク、内側の方が濃いピンクで何とも言えぬ愛らしさである。
 奈央は子供のように、嬉しくなって壊れないように夢中でさくら貝を拾った。
「 奈央! 」声がして振り向くと淳が立っていた。笑っている。「 淳 」大きな自分の
声に驚いて目が覚めた。

 音楽が聞こえる。広げた本の上にうっぷして奈央は眠ってしまっていたのだ。
夢!! でもどうして淳の夢なんだ。こういう時夢に出て来るのは恋人でしょう。
 奈央は可笑しくなって一人で笑った。彼とは五月のあの日以来、連絡も取ってない。
 そういえば淳は今どこで何をしているのだろう。
 すっかり夜が更けて虫の声がいっそうよく聞こえていた。

 
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コメント 4

リンさん

まだ恋に発展しないんですね。
今はメールとかで簡単に連絡出来ちゃうけど、このころはもどかしいですね。
でも、それがいいのか^^
続き楽しみです。
by リンさん (2012-06-22 18:36) 

dan

有難うございます。
私たちの若い頃は、今考えると本当にもどかしいこと
ばかり。でも何もかもがのんびりしていい時代でした。
さて、この先どうなるのかしら。困っています。
by dan (2012-06-22 23:07) 

かよ湖

いよいよ奈央も意識し始めましたね。
間でポーンと夢のシーンが入るのはGOODですね。
by かよ湖 (2012-06-27 00:55) 

dan

嬉しいなあ。忙しいのにコメントして頂いて。
元気が出て頑張ってみようと思います。
何だかかよ湖さんにせかされているようで、
早く二人の恋に発展させなければ....

by dan (2012-06-27 10:33) 

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