筒井筒~  港の町で  初春 [昭和初恋物語]

 正月二日は雪になった。暖かいこの辺りでは珍しいことだ。
 若草色の総絞りの訪問着を着た奈央は、実家の座敷から庭を見ていた。
庭の樹や地面をにうっすらと白い雪が埋めていて、その下からこぼれている赤い
万両の実が愛らしい。
 積もったという程ではないが、このくらいの雪はしっとりとした情趣があり奈央は
大好きだ。
 今年は母の言う通り御用納めの日に実家に帰って来た。やっばりお見合いの
話で、叔母の敏子が持ってきたのらしい。「兎に角逢うだけでもいいから」と言わ
れて奈央も別に反対する理由もないし、いつかは結婚したいと思っていたので承
知した。そして今日がその日なのだ。
 美容院に行って着付けをしてもらい、帰って来た奈央を父はうっとりとした目で
眺め、「母さんなかなか良いじゃないか、うんきれいだ。」と何度も言う。
 奈央は色白で背も高く着物がよく似合った。一人っ子の奈央は生れた時から
両親に大切に大切に育てられた。
 ホテルに着くと先方はもう来ていた。敏子が飛んできて、じっと奈央を見て満足
そうにこっくりと頷いた。
 お見合いの相手の津野司朗は、高校の英語の教師で年は三十歳。なかなかの
二枚目で背も高く、見るからに真面目そうな好男子だった。
 三十にもなってお見合いには両親も付いてくるのだ、と自分のことも含めて奈央
は可笑しかった。
 美しい奈央とはお似合いで、双方の両親も満足そうな様子で、和やかな会食と
なった。敏子が色々心遣いをしてくれて話も弾んだ。
 食事が終わってから、二人で街へ出かけなさいと敏子に言われたが、着なれぬ
着物で外を歩くのも少々窮屈で、奈央はよかったらここで話したいと申し出た。
 司朗は快く賛成してくれてふたりはホテルの喫茶室に場所を移した。
 二人だけになると奈央は緊張がほぐれて、体中の力が抜けてほっとしてしまった。
「これからが本番なのに!!」 司朗も同じ思いだったらしく、席に着くとふーっと大きな
溜息をついて「何だか肩が凝りますね。」と言ったので二人で思わず笑ってしまった。
 奈央は司朗という人物について、もっと知りたいと思っていた。
 運ばれてきたコーヒーを一口飲んで司朗が口を開いた。「奈央さんは着物よく似
合いますね、素敵ですよ。僕はどちらかと言うと静かで優しい女性が好きです。この
頃は女性と靴下が強くなったとか言われますが、僕はやっぱり日本古来の女性らし
い女性に魅力を感じますね。」
 奈央は改めて司朗の顔を見た。自分の考えをはっきりと相手に告げることの出来
る人だと思った。そう思いつつ、それなら私は不合格だなあ! と心の中でつぶやいた。
 司朗は話上手だったが、奈央の話も真剣に聞いてくれた。
 奈央は大切なことだと、将来も今の仕事を続けたいと思っていることを話した。
「職業婦人ですか.....」司朗はしばらく考え込んでいたが「それもありですね」と自分
自信を納得させるように呟いた。司朗も教師という仕事に情熱と誇りを持っていて、
子供の頃から憧れていた仕事だと目を輝かせて言った。
 二時間程も話し込んでいただろうか。ホテルを出る頃には、すっかり雪も止んで日
暮れの街には華やいだ初春の空気が流れていた。
 家まで送るという司朗を断って、奈央は一人でタクシーで家に向かった。
 津野司朗は良い人だと思った。そして司朗も奈央のことを気に入ったのではない
かと思った。多分お互いの両親にも異存はなく、このお見合いは上手くいったのだろ
う、と流れ去る街の灯を見ながら奈央はぼんやりと考えていた。
 突然奈央の脳裏に淳の顔が浮かんだ。
 今朝受け取った淳からの年賀状、ドイツのベルリンから.....。そんなに遠い所に淳
がいたなんて。何も知らなかった。去年の五月に会った時淳は何も言わなかったの
に。何故! 
急に奈央の胸に熱いものがこみあげて来て遠く遥かな淳を想った。
 そしてその想いはいつの間にか不思議な感覚となって、奈央の中で少しづつ、少
しづつ静かに広がっていった。
 
 

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リンさん

淳はベルリンにいるんですか。
のんびりしてると他の男に獲られちゃうのに!
そんなのでうまくいくのかしら…
ちょっと心配です^^
by リンさん (2012-06-27 17:19) 

dan

いくらもどかしい時代でも少しのんびりし過ぎている
かも知れませんね。
頑張りまーす。
by dan (2012-06-27 19:58) 

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