故郷の詩  最終章 [昭和初恋物語]

 夏の終わりの海での新しい思い出を胸に、創は神戸へと帰って行き、彩子も
また元の生活に戻った。
 創からは時々外国から絵ハガキが来るようになった。「元気ですか、僕も...」
といつも同じことしか書いてないその便りを、彩子はいつしか心待ちするように
なっていた。
 秋の運動会も終わったある日、彩子は校長に呼びとめられた。校長室のソファ
に座ると、彼はにこやかに机の引き出しから、一枚の写真を取りだした。
「結婚の話なんだよ。知人に頼まれたのだが、いい人いないかと言われて、即
座に彩ちゃんのこと話してしまった。一方的で悪いかと思ったのだけど、相手の
人を僕もよく知っていて、いい話だと思ってね。それにお母さんにも頼まれてい
たし。」
 校長はこの村の人で彩子の家のことは知りつくしている。皆の前では堤先生
と呼ぶのに二人になると彩ちゃんと優しい目で呼ぶ。
 差し出された写真を手に取りつつ、彩子は自分でも驚くほど動揺していた。
突然である上に、正直今まで具体的に結婚について考えたことは一度もなかっ
たから。母ともこういう話はしたこともなかったのに、校長先生にお願いしていた
なんて.....。
 「まあ急ぐことはないからお母さんとも相談してみなさい。そう、そのお婿さん
は僕が太鼓判押すよ。いい青年なんだよ。」校長は上機嫌で何度もそう言った。
 その夜食事の後、彩子が話を切り出す前に母が話があると言った。
「丁度よかった。私も相談したいことがあるの。」驚いたことに母の話も縁談で
こちらの相手は、彩子もよく知っている三歳年上の、幼馴染の進だった。彼も
隣町で教員をしていた。どうやら本人がずっと前から彩子に好感をもっていた
らしく、たっての願いだと言う。母は子供の頃から優秀で、人柄も申し分ない進
のことを、かなり気に入っている様子だった。
「凄いよお母さん。ホラ私も校長先生からお話があって....これ写真、中学の先
生だって。」母は驚いた様子で写真に見入っている。「何だか私急にもてちゃっ
てどうしたのかなあ。」「本当ね。彩子も年頃と言うことよ。そろそろ本気で考え
てみたら。創さんのこともね。」とぽそっと言って愛しげに彩子を見た。
はっとして 彩子もじっと母の目をみた。
 それから一週間、彩子は真剣に結婚について考えた。そしてそれは自分の
生涯で一番大切なことであり、その決断をするのも自分自身なのだと悟った。
 彩子は校長と母に、今は結婚のことは考えられないと、二つの縁談を断った。
 その日から彩子は時々考え込んでは溜息をつくことが多くなった。
土曜日の午後、一人でピアノを弾いているとき、夜窓にもたれて星を眺めてい
る時、何故か遠くの創を想った。忘れてしまっていたものが、次々と頭をもたげ
るように、彼女の中で創の面影が日増しに大きくなっていった。

 時折小雪が舞い冬休みも近いある日曜日、彩子に小さな小包が届いた。
創からだった。絵ハガキ以外貰ったことのない彩子は、驚いてそれを開けた。
 中にあった小さな銀色の小箱のリボンを解くと、飴色の地に白い少女の横顔
を浮き彫りにした、美しいカメオのペンダントだった。カードもあった。
「彩ちゃん元気ですか。僕は今ナポリにいます。十二月二十五日夜神戸に着き
ます。その時誰よりも一番に彩ちゃんに逢いたい。大切な話があります」
 彩子は思わずそのカードを抱きしめて、窓辺でペンダントをそっと首にかけた。
静かに嬉しさがこみあげて来た。そしてそれが創への想いとひとつになって溢れ
る涙にとなった。

 このペンダントをつけて創を迎えに行こう。

 雪雲の間から、かすかに射しこむ冬の陽が、幸せな彩子の顔を一瞬照らして
やさしく通り過ぎた。

nice!(2)  コメント(10) 

nice! 2

コメント 10

リンさん

カメオのプレゼントっていうのがいいですね。
すごく一生懸命選んだんでしょうね。
素敵なお話でした。
ふたりがうまくいきそうで、本当に良かったです。
校長先生がお見合い話を持ってくるとか、今ではないでしょうね。
by リンさん (2012-09-19 22:07) 

dan

ええそうですか。校長先生今はそんな悠長なこと
言ってられないかも。いじめとか、怖い父兄とか
教育委員会とか。昭和はよかった。年寄りの郷愁の
物語もこれで終わり。
ずっと読んで頂いて嬉しかったです。
本当に有難うございました。
by dan (2012-09-19 22:54) 

NO NAME

船乗りと学校の先生の生活も 今頃は定年を迎えて
私たちとおんなじような 穏やかな日々をすごしているのでしょうね

これからは 子育てや 子供たちが巣立ったあとの二人の生活などがテーマになるのでしょうか? 
by NO NAME (2012-09-20 04:07) 

dan

おっしゃる通り、これからはこの人たちの
今を書きたいと考えています。
よろしかったらno nameさんのブログを
訪問したいのですが。有難うございました。
by dan (2012-09-20 09:59) 

木瓜

ごめんなさい
うっかり 名前を書き忘れました
何時も 楽しみに拝見しております
by 木瓜 (2012-09-21 04:37) 

dan

実は今後書きたいことを娘に話したところだったので
彼女が他人のふりしてコメントしたのかも...と思っていました。
さすがdanに一番最初に関心もって下さった方。
何か理解されてしまったみていで、嬉しいような怖いような。有難うございます。
貴方の少し難しい?ブログ楽しみに読ませて頂いています。

by dan (2012-09-21 10:48) 

kuri-ma

爽やかな純愛小説で、とても好感がもてました。
一気に読ませて頂きました。

ブログ村の純文学のランキングからみつけて訪問させて頂きました。
私のブログも、よければ覗いてみて下さい。
by kuri-ma (2012-09-25 09:15) 

dan

有難うございます。
貴女のブログ時々読ませて頂いています。
とてもレベルが高くて、羨望のまなざしをもって!!
そんな方からのコメント嬉しくて感激しています。
by dan (2012-09-25 13:25) 

かよ湖

ご無沙汰しております。
danさんの恋愛小説は長い年月を越えての純愛もので、とても心地好い読後感を味わわせてもらっています。
聖夜の約束。神戸のイルミネーション・雪たちがきっと最高の演出をしてくれたことでしょう。
by かよ湖 (2012-10-26 23:25) 

dan

ごめんなさい。かよ湖さんのコメント今日みつけました。嬉しくて。変わり映えのしないお話しを読んでくださって感謝です。
by dan (2012-11-08 21:26) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。