平成シニア物語  結婚記念日 1 [平成シニア物語]

 祥子は何度も鏡の前に立った。"やっぱりこれだ これにしょう"と呟いて
からし色のワンピースにページュのジャケットを羽織った。
胸にはあのブローチを付けた。
 二年振りに会う和也を思うと年甲斐もなく、少し浮きうきしてしまう。

 祥子は今頃になってやっと二年前のあの日のことを、平静な気持で振り
返れるようになった。あの時自分のとった自分本位の強引な態度を、深く
反省し和也に詫びたいと思っていた。そしていつの日にか彼が戻って来て
くれるのを念じて待ち続けた。


 あの日和也と祥子は三十回目の結婚記念日を、いつもの店で食事をし
て祝おうと約束していた。
 祥子は少し早めに会社を出て和也へのプレゼントを買うためにデパート
へ立ち寄った。前からかれが欲しがっていたセカンドパックを買って、エス
カレータの方へ歩きかけた時、あれっ和也だ!声をかけそうになって止めた。
和也の側に若い女性がいるのに気が付いたから。
その女性は和也に小さく手を振ると足早にエスカレータを下りていった。
 祥子は和也に声をかけそびれて、エレベータで下りた。誰だろう、会社の
人かな?少し気になったが、そのまま約束の店に向かった。
 五月の終わりの夕暮れは街も少し華やいで、行き交う人々も楽しげだ。
街路樹の間から洩れる夕光が道路を染めて美しい。
 祥子は歩きながら、和也と恋をし、結婚して何の不満もなく過ごしてきた
この三十年余のことを思いおこしていた。子供には恵まれなかったが、祥
子は幸せだったと思った。和也は真面目で優しかったし、仕事も建築士と
して自分で選んだ道を真っ直ぐに歩いてきた。
 店に着くと主人が軽く会釈をして奥の部屋に目をやった。和也はもう
来ていた。「早かったのね」「うん僕も今きたところだよ」二人は運ばれて
くる料理に舌鼓をうちながら大満足、お酒があまり強くない和也も今夜は
楽しげでいつもよりよく飲んだ。「ここの料理はいつも美味しいよね。今日
は一寸記念日で....と主人に言っておいたからね。」まあそんなことと祥子
は少し可笑しかったが和也は上機嫌だった。
「はいプレゼント」和也は照れくさそうに小さな箱を祥子の前に置いた。
「有難う、何かしら」言いながら箱を開けると真珠のブローチだった。
薄い黄色と象牙色の真珠の花束のデザイン。「まあきれいね。嬉しいわ
有難う」「今夜の服に似会うと思うよ。付けてみたら」そう言って和也は笑
っている。祥子は「これ和也さんが選んで.....?」祥子の脳裏にデパートで
みた若い女性の顔が浮かんだ。「うん一人で買いに行こうと思っていたら
会社の女の子が一緒に見てあげる、と言ってね。」悪びれずにそういう
和也を見て、祥子はさっき少しでも彼のことを疑った自分を恥じた。
祥子のプレゼントも和也は嬉しそうに何度も肩にかけて見せた。
 帰りはタクシーにしょうと和也が言ったが、祥子は今夜の記念日もっと
もっとゆっくり味わっていたかった。
 電車を降りてわが家に続く夜道を二人は腕を組んで仲良く歩いた。
爽やかな夜風が心地よかった。今夜のこと忘れないようにしょう。
祥子は心の底からそう思った。 
夏になり祥子は会社の気の合った友人と、二泊三日で信州の高原へ旅
に出た。子供のいない気軽さから、和也が文句を言わないのをいいことに
彼女は季節ごとのこんな小さな旅をよくした。和也も家事は平気で二、三
日ならなんでもないと気持ちよく送り出したくれた。
下界とは違って高原は涼しくて色とりどりの高山の花に心が安らいだ。
 その日予定よりかなり早く帰宅出来そうだつたので、祥子は今夜の食事
は和也の好物のステーキにしょうと、張り切って帰って来た。
 ドアを開けると玄関に白いサンダルがあった。お客様かな、?「だだ今」
祥子は元気よく声をかけた・一寸間があって和也が出て来た。「お帰り、
随分早かったんだね。」「お客様?」「うん会社の三田君、何だか近くまで
来たと寄ってくれたんだ。」と和也はいつもと少し違う口調で言った。
三田さん、聞いたことのない名前だったが、祥子は戸惑い気味にリビング
に入った。若草色のワンピースを着た美しい若い女性が、ソファの横に立
っていた。「初めまして、お留守にお邪魔しています。三田陽子です。部長
さんにはいつもお世話になっています。」女性は落ち着いた様子で挨拶し
た。「あらいらっしゃい、祥子です。一寸着替えてきますね」祥子は笑顔で
そう言いながら自分の部屋に入った。どこかで見たことがあるような気が
した。食事に誘うべきか、でもステーキは二切れしかない、祥子の頭は少し
混乱している。和也が部屋に来て「三田君帰ると言っている。」それだけ
言うと出ていった。祥子はいつもと違う和也を見たような気がしたがゆっく
り着替えをすると、ひとつ深呼吸をしてリビングにいった。
陽子はすでに玄関に立っていた。「あら三田さんもうお帰りですか、ゆっく
りなさったらいいのに。おかまいも出来なくて.....ごめんなさい」
「有難うございます。本当に申し訳ありませんが今夜はこれで失礼します」
祥子の言葉を待たず陽子は帰って行った。
 ふたりだけになったリビングに気まずい空気が流れていた。祥子は言い
たいことがいっぱいあるような気がしたし、何もないような気もした。
和也も黙ったままだ。祥子は食欲はすっかり無くなって、ステーキを焼く気
力も失せていた。「ねえ今夜の食事あり合わせでいい?私疲れちゃった。」
三日間も和也を放って遊んできた自分が、口にする言葉ではなかった。
本当は心をこめてステーキを焼くつもりだったのに。和也も「うんいいよ」と
気のない返事をした。
 祥子は楽しかった旅の話をする気にもなれなかった。和也も三田陽子の
ことには触れずに早々とペットにもぐりこんだようだが、何度も寝がえりを
打っていた。二人にとって長い長い夜になった。

 
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コメント 4

あかね

ちょっとご無沙汰してしまいました。
この小説はここからがはじまりなんですよね?
なんだかサスペンスフルで、この先どうなねんだろうと楽しみです。

不倫ですか、ご主人(・・?
不倫じゃないとしても、こうなってくると奥さんは気分よくありませんよね。
奥さんへのプレゼントは自分で選ぶか、奥さんを連れていって買って下さい。
と、ご主人に文句を言いたくなりました。

by あかね (2013-08-04 16:36) 

リンさん

二年後から話が始まっているんですね。
この先が気になります。

旅行から帰って、家に若い女がいたら、そりゃあ穏やかじゃないですよね。
三田さんの方が積極的なのかもしれませんね。
う~ん、気になる^^
by リンさん (2013-08-04 17:31) 

dan

あかねさん
余りの暑さにブログも手につかなくて。やっと苦しみ
ながら書いたものの。そうです女心がわからない男。
やさしいだけではね。頑張りまーす。
有難うございました。
by dan (2013-08-05 15:03) 

dan

リンさん
多分私こういうややこしいことに、初めて首を突っ込み
ました。ひやひや~私だって一回くらい跳ねてみよう。
あまり楽しみにしてもらっては困ります。
有難うございました。
by dan (2013-08-05 15:07) 

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