鈴のふるさと  おわりに [鈴のふるさと]

 鈴が六年生になった時初めて男の先生が担任になった。
今まで優しい女の先生ばかりだったので、鈴は少し不安だった。
 初めて教室に現れた先生は、お父さんくらいの年の広野先生だった。
先生は黒板に大きく「広野幸雄」と自分の名前を書いて、自己紹介をすると
にこにこと皆の顔を見まわした。
そして初めに皆さんに話しておきたいことがありますと、はっきりとした口調で
語りかけた。
「長い戦争が終わって二年余り過ぎました。平和な世の中になって静かに勉強
出来る皆さんは本当に幸せです。これからは下級生のお手本になるような六年
生になりましょう。
 先生が今日特に皆さんにお話ししたいのはこれからは女子も一人の人間として
しっかり勉強しなければいけないということです。大人になってこれからの日本を
作っていく子供を産む女子の皆さんは賢くなくてはいけない。
 これからは男子に負けないようにしっかり勉強して下さい。そのために先生は
何でも皆さんの手助けをしたいと考えています。一緒に頑張りましょう。」
 教室はしーんと静かになり皆真剣に先生の言葉に聞き入っていた。
頬を紅潮させながらも静かに話す先生の言葉は、素直に鈴の胸に響いた。
皆は広野先生と、思い出に残るような素晴らしい六年生を過ごした。
 この後鈴はこの時の先生の言葉を忘れることはなかった。

 鈴は中学生になった。といっても一緒に進級する顔ぶれは変わらず、運動場の
向こう側にある中学校の校舎に移るだけである。
 ただ大きな変化は、いままで女子組一クラスだったのが、男女共学の二クラス
となり、鈴たちは生まれて初めて男子と机を並べることになった。
 何故だか鈴は勇気が出て来て、男子になんか負けないぞ!と密かに思った。

 一年生の夏休みの宿題、理科の自由研究で鈴たち女子ばかり五人の仲よしは
色々考えた末、村の大きな岩田池の土手の「植物採集とその分布図」を作ること
になった。
 この池の土手には四季折々の草花が咲き、花を摘んだり、土手を滑り下りたり
夏には浅い所で、キャーキャーと泳いだり水遊びをして子供たちには天国だった。
 大きなとりのこ用紙に、調べた植物の分布図を記号と色別けで書きこみ、採集した
植物の標本を張り付けた。
 暑い太陽の下で、教室で、五人の夏休みの半分はこの研究に費やした。
出来あがった自分達の作品にやり遂げた達成感があり、五人は満足だった。

 秋きも終わりに近づいた頃五人は理科の安藤先生に呼ばれた。
この研究が郡の代表に選ばれ、県大会で入賞したという。先生は嬉しそうに、内緒
にしていたことを詫び、いまさらのように五人を褒めてくださった。
思いがけない知らせに鈴たちは嬉しさが爆発して真夏の暑さの中での努力が認め
られたことが嬉しかった。そして先生の周りで何回も万歳を繰り返した。

 その表彰式と展示発表会が隣のK市であるので、先生が連れて行って下さること
になった。といっても当時のこと交通手段は自転車しかない。おまけに先生はK市に
住んでいるので、゜「五人でいらっしゃい大丈夫かい」などと人ごとのようにおっしゃる。
K市までは二つの村を通って自転車で一時間はかかる。鈴たちにとってはかなりの
強行軍だったが、誰ひとり行かないというものはいなかった。
 澄み渡った青空の下、大声で歌を歌ったり、丘の上でおやつを食べたり遠足気分
で楽しかったが、二時間近くかかってやっと会場についた。
 会場には生徒たちの力作がずらりと並び、高々と掲げられた自分たちの作品に
五人は心の底から感動した。
 表彰式も終わると安藤先生が、待ちかまえていて近くの食堂でご馳走して下さった
かけうどんの美味しかったこと。
 大人になってからもこの話になると「あんな美味しいかけうどん食べたこと無いね」
みんなでよく笑った。

 三学期に入って鈴の父が、隣県の大きな街に転勤になり、鈴たち家族も春には
転校することが決まった。
 あの秋の自転車の旅が、鈴たち仲よし五人組のお別れ会となったのである。

 生まれてから大人の入り口まで、鈴が過ごしたこの村は四季の自然の移ろいが
ゆるやかで美しく、人々は明るく優しく鈴にとっては桃源郷であった。
 ここで祖父母たちの初孫、父母の長女として生まれた鈴は本当に大切にされた。
豊かではなかったが、いっぱいの愛情に包まれていた。
 その暖かい故郷を離れ、やさしい祖父母や恩師、友だちと別れて船出する鈴たち
一家は見知らぬ街のどんな港に着くのだろう。
 尊敬する両親と弟妹たちで暮らすその街へ、鈴は大きな希望と好奇心いっぱいで
踏みだそうとしていた。

nice!(6)  コメント(2) 

nice! 6

コメント 2

リンさん

いい先生に恵まれましたね。
それにしても自転車で二時間とは。
今では考えられませんね。
そんな素敵な思い出があって羨ましいです。
おわりに…とありますが、ここで一旦終わりですか?
もっと読みたいわ^^
by リンさん (2014-12-12 20:37) 

dan

いつも有難うございます。
最初からここまで、と考えていたのでひとまず
終わりです。
by dan (2014-12-13 19:41) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。