寒あやめの思い出 [エッセイ]

 庭の小さな生垣の下に今年も寒あやめが咲きました。

薄紫の花びらの真ん中に掃くように黄色がほんのり。

 今年も季節を違わず咲いたなあ。とつい思いを遠くに馳せて、少し切ない。

師走から続く寒さ、冷たさは格別のものがあります。

出かけることもせずに家に籠っていると、水仙と椿がちらほら、石蕗の白い

綿ぼうしが立っているだけの、冬枯れの庭の寒あやめは一際いじらしくも

愛らしい気がします。

 この花は夫の好きな花のひとつ、二人で出かけた山歩きの帰りに農家の

庭先に咲いているのを見つけた夫が、懇願してわけて頂きました。

 はるか五十余年も昔の話です。

 私たちは夫の職場のあるN市に新居を構えました。小さな家でしたが二人

で設計した夢のスイートホームでした。

 庭には木や花をいっぱい、のらの私はほとんど何もせず、夫がせっせと彼

の思い描く庭造りに励みました。休みの日はいつも庭にいたような気がします。

 ここでの生活は貧乏だったけれど、私にとって何ひとつ不満のない楽しい

毎日でした。

 三年続いたここでの生活が夫の転職によって終わることになった時、やっと

木々も大きくなり、庭らしくなってきた庭、親に建ててもらった家を手放すことに

一番悩みました。

 口には出さなかったけれど、夫も仕事のことも含めてどんなに考えたでしょう。

 春浅い三月、ふたりは心を残しつつN市を後にしました。

唯ひとつ嬉しかったのは、転居先が私が育ち、夫と出会った父母や兄弟の住む

県都М市だったことです。

 この時庭の木々は、ほとんど持ってきました。花たちは仕方ない.....と思って

いたのですが、寒あやめだけは夫が大切そうに鉢植えにして持ってきました。


 実家の庭に窮屈そうに仮住まいした彼らは二年後やっと新しい自分たちの

庭に落ち着くことができました。


 今健気に咲いている寒あやめもあの時の子孫?です。

さくらんぼも、梅も松も、ウバメガシも ここにきて植えた利休梅や花蘇芳や

紫木蓮、椿に山茶花、金木犀、ビラカンサ、つつじやさつきも、もう五十年

わがもの顔で季節を知らせてくれるのです。

 彼等に丹精こめた夫はいないけれど、季節がめぐり木々が芽吹くたびに

美しい花が咲く度に私は楽しげに庭にいた夫を近くに感じるのです。

 


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コメント 4

リンさん

花が好きなご主人だったんですね。
きっと優しい方だったんでしょうね。
素敵なお庭。羨ましいです。
by リンさん (2015-02-04 15:10) 

dan

有難うございます。
小さい庭に花木の種類だけは多いのです。
私は何もしないけど、愛着のある庭です。
by dan (2015-02-04 20:02) 

智

こんばんわ、こちらは明日から雪予報です。
寒あやめの思い出、恋文みたいな随想文で好きです。

たえこさんの随想文は何げない文章のようで純文学の要素がきちんとしてるなと読むたび思います。
よくあるブログ文章は、記憶を語る時「た」ばかりで韻が踏まれず=リズム悪いから読み難い+情景連想させる単語遣いがされず残念なことが多いのですが。
この寒あやめも花の名や「いじらしい」など庭と植物をあらわす佳い言葉をなにげなく遣われて、穏やかで澄んだ空気を醸して素敵です。

それから、庭を愛するご主人が週刊連載している小説の主人公と雰囲気がすこし似ているよう想えて親近感でした。
こんなこと烏滸がましいですけど、その主人公の未来の奥さんがたえこさんと少し雰囲気似ているなと思っています、笑
by (2015-02-04 21:33) 

dan

有難うございます。
コメント嬉しいけど少し恥ずかしい気もします。

私の文章は韻を踏むとかリズムとか考えたことなくて
純文学のジャンルには娘が登録したので、何?と
思いながらも、ブログのなんたるかも知らず、今日
に至っています。

「知らぬが花」かも。

週間連載の小説読みたいですね。
by dan (2015-02-05 10:46) 

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