椿咲く春なのに [エッセイ]

 椿咲く春なのに....哀愁を帯びたメロディが耳の底の方で流れています。

今年も早三月本当に早い時の流れに、戸惑ってしまいます。

寒い日々が続いて縮こまっていても、自然は正確に春を連れて来てくれます。

 今年も玄関先に夫の大好きな椿が花を開きました。

紅と白がほどよくまじりあった一輪。それとまだ開いてはいないけれど薄いピ

ンクの花。一本の木に二種類の花が咲くのです。

 紅白の方は他の蕾もかなり膨らんでいるのに、ピンクの方はまだまだ固く

開く気配もありません。

 この椿は隣市に住む夫の姉の庭にあったものです。姉の家は大きな農家で

広い屋敷のなかに沢山の木々や季節の花々が所狭しと植えられていました。

 一年に何回かくらいしか訪ねることもなかったのですが、初めてこの椿を見た

日から夫は目を輝かせ「きれいだなあ、いいなあ」と飽かず眺めていました。

 十六年前の早春、紅白とピンクが咲き競っているこの椿の木の下でつい夫は

「きれいだなあ。」と溜息をつき「欲しいなあ」と呟いてしまいました。

 姉がそれを聞いて「そんなに好きならあげようか。」とさらりと言ってくれました。

もっと早く言えばいいのにと言いながら、古い木だから移植に耐えられるかなど

兄に相談してくれました。

 移植に適した時期に二人でわが庭に植えてくれると言う。夫の喜びようは子供

みたいで、椿がわが家に来る日をひたすら待っていました。

 それからほどなく椿はわが家にやって来ました。

二メートル以上はある椿は、根っこにしっかり土をつけてトラックに乗せられて。

 植える場所は早くから夫が玄関と決めていました。

兄姉夫と三人がかりで一時間以上かかったでしょうか。深く掘った穴に水や肥料

をいれ、丁寧にああだ、こうだと進む作業を私はただ見ているだけでした。

 植えてから椿の世話は兄に教わったとおり夫は忠実に守りました。彼の深い

愛情が椿に届かぬはずはありません。

 一年目は葉の色が黄緑になりパラパラ散って花も咲きませんでした。でも次の

年からは頼りなげにも花をつけ、だんだん元気になりました。

 姉の家で咲いていた時の元気はないように私には見えました。

 木も古いし、移植によるダメージもあったのでしょう。

それでも三月の声をきくと紅白の、薄ピンクの、花をいっぱい咲かせてくれました。

近所の人たちもきれいだと見にきてくれ、ここから春が来る.....なんて言われると

夫はとても嬉しそうでした。

 優しいそれでも少し冷たい日射しの三月の朝、愛しそうに椿の花を見上げる

夫を。

 暖かくなり鈴なりの花を精いっぱい開いた椿をにこにこ顔で見ている夫を。

 日の暮れのほの暗い玄関に腰をおろして、今年はもう椿終わりだなあと少し

寂しそうに眺めいる夫を。

 私はじっとみていました。そして彼はこの椿が本当に好きなんだと朴念仁の

私にもこの椿の木を愛おしく思う気持ちが少しづつ大きくなっていった気がし

ます。

 今大きな紅白の花が一輪。今朝からの雨に一際鮮やかに咲いています。

 この花を夫は七年間楽しみました。今頃になって私はどうしょうもないほど

この椿が好きになりました。

 こんなにきれいに咲いたのに.....。

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コメント 7

リンさん

今日はとても暖かくて春の陽気でした。
花が好きだったご主人、きっとこっそり見に来ているかもしれませんよ。
by リンさん (2015-03-04 19:21) 

dan

こちらは風が冷たくてまだ冬のようです。
でもお雛様出して椿を一輪かざりました。
いつも有難うございます。
by dan (2015-03-05 20:52) 

みかん

植物を育てるとき 話しかけると良いなんて
聞いたことがありますが ご主人さんはどうでしたか?
今年もキレイに咲いてくれてありがとう♪ですね。

by みかん (2015-03-05 21:06) 

智

椿は木篇に春と書くままに春告げ花、早春の女神・佐保姫の木と謂いますがdanさんご夫妻の物語と似合うなと。またモデルに椿の物語を描きたくなりました、笑
マンガですが「異国の花守」は佐保姫の椿をモチーフにした物語で、主人公たちがdanさんとご主人になんだか似ています。

by (2015-03-05 21:08) 

dan

みかんさん
有難うございます。
花が咲いたり実がなったりしたら喜ぶくせに、何も
しない...とよく夫に笑われていました。
だから彼が木や花に話しかけていたかどうか。
とにかく庭にいるのが大好きな人て゜した。

by dan (2015-03-06 11:52) 

dan

智さん
有難うございます。
まさに春告げ花、早く春がきますように。
昨日今年初めて鶯の声を聞いて足を止めましたが
姿はみえませんでした。
先日遅ればせながら「文ひらく」ひどく感激して
コメントしたのですが届いてなかったみたいですね。
美しい雪中梅、銀髪の紳士の登場、幻想的なのに
受験という現実が妙にマッチしていました。
最後の三行 とても素敵な文章でした。
by dan (2015-03-06 14:07) 

智

読んで下さったんですね、ありがとうございます。
コメント届いていなかったです、gooのシステムに何かあったのかもしれませんが、すみませんでした。
受験シーズンに合わせて道真公を描いてみた感じです、笑
by 智 (2015-03-06 19:15) 

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