面影草  7 [短編]

 婚約した私たちは、浮かれることなくまず将来の生活設計をしっかり立てる
ところから始めた。
 家賃がいらないから自分たちの家があったらいいなあ。単純な気持ちだった
のに、何度か話しているうちにとにかく土地だけでも手に入れたいと本気で思
うようになった。
 そして彼は親の脛をかじりながら、給料のほとんどを注ぎこんで頑張り郊外に
土地を買った。私も出来る限りの協力を惜しまなかった。
 必死の私たちを見て彼の父が家を建てようと言いだした。このことは二人で
考えたことではあったが実現出来そうな話ではなかった。

 農業と会社勤めをしながら兄や姉たち結婚させ、年老いた今の父に次男の
家を建てる経済力などあろうはずもなかった。
 でも父は不安がる私たちをしり目に、幼馴染の大工さんと相談してなんとか
なりそうだと笑った。
 それならと私たちもと住宅金融公庫の融資をうけることにした。
家の設計もああでもないこうでもないと時間を掛けて考えた。
 目の回るような忙しい月日を経て二年後、桜が満開の春に二人の新居が
完成した。
 と言っても私は遠く離れた実家にいたので、建築に関わるほとんどの手続き
などは彼が孤軍奮闘し、私は手紙や電話で理想論ばかりを言い、時々は彼を
怒らせたりもした。

 そして私たちは結婚した。

 小さな小さな赤い屋根の家。

 庭には実家から移植したさくらんぼ、梅、松、きんかん、紅葉、つつじ、椿など
たくさんの木を彼と義父とで植えた。

その様子を見ながら、私はふと思った。この木々が大きくなる頃私たちはどんな
生活をしているだろうと。

 花壇には彼のすきな幾種類もの花たちを植えた。
ここにはいつも四季の花々が咲いているだろうなあ。ここで彼なら一日中でも
庭いじりをしているだろう。私はきっと見ているだけ。

 リピンクの壁面いっぱいに造りつけた書棚に二人の蔵書を詰め込んだ。
ステレオはどうしても買えなくてプレヤーで好きな音楽を聴くことにした。
テーブルに花を飾りコーヒーを飲みながら夜更けまでとりとめのない話をした。
 
 幸せなスタートだったが、家を建てたことで予想以上に経済的に大変だった。
 私は新しい土地で新しい仕事に就いた。
二人で働いてもぎりぎりの生活、それでも若いふたりは毎日が夢のように楽しく
自分たちが設計した通りの人生が送れることを信じて疑わなかった。





 


  

 

 


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リンさん

結婚前に家を建てるなんて、今ではなかなか考えられませんね。
だけどこの後土地の値段は高騰するし、いい決断だったのかもしれません。
この二人、どうなるのかな。
幸せになってくれたらいいけど^^
by リンさん (2016-08-12 23:05) 

dan

有難うございます。
古きよき時代といえばそれまでですが、今なら
そう簡単に家は建てられないですね。
by dan (2016-08-15 13:56) 

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