春子さんの茶の間 その9 [短編]

春子さんが花絵さんと住田君のことを話し合ってから随分時間が経った。
 
 あれは十六夜の月が美しい秋の夜、もう半年も前のことだったのかと、大切なことを
放り出したままにしておいた自分に呆れてしまった春子さん。
 この間少し体調を崩してそれを花絵さんに知られたくなくて、つい長いご無沙汰になった。
住田夫人に不信を抱いたまま花絵さんの方からも、このことについては何の話もなかった。

 そうして春子さんも大分元気になり、気持ちの整理もできたので、やっと花絵さんとじっくり
話せると思っていた矢先に突然花絵さんの訃報が届いた。

 春子さんは愕然として悲しみのどん底に沈んだまま、浮き上がることが出来ずにいた。
冷たい雨が降りしきる夜に、花絵さんは心不全で一人で逝ったのだという。
だんだん事情が分かってきてもどうして?何故?あの元気だった花絵さんが。と彼女の死を
受け入れるのに随分時間がかかった春子さんだった。

 先日四十九日の法要が終わりましたと長女の奈美さんから丁寧なあいさつ状が届いた。

 庭の若葉が輝くように風に揺れているのを、それさえ恨めしい気持ちで春子さんは眺めた。

 もう住田君のことも住田夫人のことも終わってしまった。

 空っぽになった頭の隅で春子さんは考えた。
 花絵さんのことを住田君に知らせるべきか。答えは決まっている。

 遥かな青春の日に恋をした二人はもうこの世で逢うことはないのだ。
花絵さんが頑として思い込んでいたように、今も彼が元気で住田夫人の邪魔建てに合って
いたとしても、今は自由になった花絵さん。
いつか住田君が旅立って花絵さんの元に来た時、花絵さん本人が「真実」を質せばいい。


 春子さんはしょっていた荷物をひとつ下ろした気持になったが、胸の底にある悲しみは
一層深く濃く強く重く春子さんの体の中に沁みついて離れる気配もない。
 



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