白梅の花に [随筆]

 夜来の雨も止んで、窓に射す光がまぶしいなあと二階のベランダにでました。

いつもの見慣れた風景、辺りの家の屋根も春近い日射しに光っています。

 ふとわが家の庭を覗いてあれっと驚きました。つい二、三日前まで何度見ても

固く閉じていた白梅が、そこここに白い花を開いています。

 あちこちの梅便りを見聞きする度に、わが家の梅はいつも咲くのが遅いのだと

思っていました。

 急いで庭に下りてみました。この梅は木も花も小ぶりで、いかにも白梅らしく、

つつましい風情が私は大好きです。毎年遅く咲いて、また気付かぬ間に静かに

散っているのです。

 春近く梅の花便りを聞くと、私はまず道真の歌を思ひ、幾度も訪ねた大宰府

天満宮の梅の花に思いを馳せます。

 けれども私にはもうひとつ忘れられない梅の歌があります。

  
   出でて去なば ぬしなき宿と なりぬとも 軒端の梅よ 春を忘るな

 
 悲劇の将軍 源実朝の歌です。高校時代にこの歌を初めて読んだ時から

将軍の運命を予感しているようなこの歌が深く心に残りました。

 
 どこからどう見ても、わが庭の梅の花は小さくて、清らかで、儚げで気高く

いつまでも眺めていたい。

 まだまだ冷たい風を感じつつ、つい実朝様にまで思いが飛んでしまいました。

もう少し咲いていてね。何だか優しい気持になって、つい呟いてしましました。

 
nice!(5)  コメント(8) 

縁....その不思議なるもの [随筆]

 今日は朝から太陽いっぱいの冬晴れです。

帰ってきて一週間、あれこれと用事も一段落してほっと一息ついたものの体調

イマイチと天気も悪く本格的に掃除が出来ていませんでした。

 まず布団干し、二階のベランダにいっぱい干してふうふう。

家中の戸や窓を全開、冷たい風もなんのその、がんがん掃除機をかけてふうふう。

 次はフローリングと畳も水拭きしてふうふう。乾いた頃丁寧にドライペーパーで

仕上げしてふうふう。

 お昼前までかかってへとへとになりました。いつも娘に叱られます。やり出したら

とまらないのだからと。

 二時前に布団を入れて、ほかほかのその上にあおむけに寝転びました。太陽の

匂いこそしなかったけれど、柔らかい暖かさが伝わってきました。

 ふと枕元の文机の上の雑誌「NHKラジオ深夜便」十月号が目に留まりました。

上京したのでまだ全部読んでなかったなあと思いつつ手にとりました。

ぱらぱらとページをめくると「十月の誕生日の花と花ことば図鑑」というのがありました。

私は夫の誕生日を見ました。えっ! なんと彼の誕生日の花は彼の大好きな秋明菊。

 そこに優しい花の絵がありました。この花のことはブログにも何度も書きました。

でもこの花が夫の誕生日の花だなんて。私はふと縁....えにしを感じてしまいました。


 私の中ではこの花は悲しい場面を思いださせるのです。

しとしとと降る秋雨の中、まだ明けやらぬ午前五時病院から帰って来た夫を迎えて

くれたのが、玄関先でしっとりと咲く白い白い秋明菊たちでした。薄暗がりの中でその

花はとても美しく清々しくそして悲しく寂しそうでした。


 もう八年にもなるのにこの花が咲く度にあの悲しさが甦ってくるのです。

 東京にいた時はそうでもなかったのに、帰ってからはちょくちょく夫のあれこれを思い

出して、しょんぼりしていたので神様が良いこと教えてくれたのでしょうか。

 嬉しくなってついにやにやと花ことばの欄に目をやった私は「えっ! 」なんとそこには

「忍耐」という文字が冷やかに? 私もっと違う花ことば想像していました。

 ふふふふ゜忍耐ねえ。今までのしんみりした気持ちが吹っ飛びました。

ええそうでしょう。私は思い通りに今まで生きて来てそれなりに満足もしています。夫の

ことだってふにゃふにゃ.....。

 夫は忍耐の連続だったのかなあ。まあ思い当たる節もないではない。

可愛くない、女性らしくない、優しくない、強情っぱり、負けず嫌い。ああ止めた止めた。

 それでも夫と秋明菊がこんなところで繋がっていたなんて、嬉しいことです。

 今日はよく働いたし、いいことあったから、また明日から元気で頑張れそうです。 

nice!(9)  コメント(6) 

東京の端っこから [随筆]

 二十日ほど滞在した東京ど真ん中から、端っこに来て早二週間になります。

ここに来るとなんとなく落ち着いて、少しほっとしてしまいます。

 晴れた日の朝には雪に輝く白い富士山が、小さいけれどはっきり見えます。

日の暮れには茜色の光の中に赤富士とまでは言えませんが、美しい姿を見せ

てくれます。

 ここでは昼間は一人暮らし、一言も喋ることなくパソコンに向かい、テレビを

見て、スーパーや商店街をうろつきます。

 私は本当に駄目な人で、一人では何も出来ません。だから一人でぶらぶら

するのも精々一時間、お茶も食事も外では出来ません。

 ここにきて一番嬉しいのは、六十年来の親友が近くにいることです。私は暇

だけど彼女はそうはいかないので、あちらの都合のいい日に声がかかります。

 昨日も会いました。隣町のいつも行く喫茶店、コーヒーのお代わりОK、いち

ごショートも美味しかった。

 私たちの出会いは私が中学二年の秋転校した時です。同じクラスではなか

ったのに、美人で優秀なのに物静かな彼女に一目ぼれしてしまいました。

 話しをするチャンスもないまま冬休みになり、市内の家庭科の先生の研修会

が私たちの学校で開かれました。

 その時何人かの生徒がお手伝い係に指名されました。この説明会の時に

たまたま彼女と隣り合わせの席になりました。私はチャンスだと思ったのに

当然話しかけたりは出来ません。ただ私は彼女をみて精いっぱいの笑顔を

送りました。

 そのまま会は終りしょんぼりと席をたった私に「一緒に帰ましょう。同じ方向

でしょう。」と彼女が声をかけてくれました。

 三年生になってクラスが同じになった時の嬉しさは、今でも忘れられません。

同じ高校に進んでも同じクラスになったことはありません。でも三年間毎日

小さなお守り袋ほどの封筒に入った手紙が、二人の間を行き来しました。

 この友情は二人が結婚をして離れ住んでも続きました。若い頃は数年に一

度は大体私の家族が出てきました。

 それぞれの家庭の大変な時期二十年ほどは、年賀状だけの期間もありま

したが、二人は何かにかこつけて会う算段をしました。

 子供に手が掛からなくなった四十歳を目前に、偶然二人ともフルタイムの

仕事に着きました。

 私は約二十年働いて、その後は夫と二人で子供たちのいる東京に最低

年一回は出て来てしばらく逗留しました。その時は彼女を誘って三人で

あちこち本当によく歩きました。

 夫が最後に東京に来た八年前の三月も、湯島天神の梅をバックに私たち

二人で写っている素敵な写真は彼女が撮ってくれました。

 思い出は尽きなくて、彼女といるといつまでも一緒にいたいと思ってしまい

ます。

 でも彼女は子供さんたちのいるこちらで人生を全うするでしょう。

そして私はやっぱり自分の家、彼の大好きな庭の木々や花々を愛でつつ

自由気ままに生きることになりそうです。

 東京の端っこから、つい思い出話が飛び出しました。

 十二階の斜め下に見えるお寺の大きな銀杏の葉っぱが、日ごとに色濃く

なって行くのが冬近しを感じさせます。
nice!(8)  コメント(8) 

大東京のど真ん中で [随筆]

 晩秋の東京もいいかなあ。なんて口走ったばっかりに、今年は早く凄ーく早に

東京へきてしまいました。

 そしてもう立冬、昨日は冬を思わせる雨が終日降りました。

今回は越年しての長逗留になるかもと言うことで、久し振りに娘の家に転がり

こんでいます。

 ここは新宿、マンションの窓から都庁舎が見えて、東京!!を実感しています。

 娘も旦那様も仕事にでかけると、私は一人ぼっちと言いたいところですが、

いい友だちが遊んでくれます。可愛い?三毛のみーやん。名前は愛敬がある

のですが、これがまた気位の高い十三才のおばさま。

 闖入者の私を注意深く遠目から観察して、目が会うとフーッと威嚇されます。

一週間たったこの頃やっと二人だけの時はそろりと近くに寄って来るのでまだ

さわらせては貰えないけれど随分友好的にはなりました。あと少し....。

 私は犬派だけど猫も嫌いではありません。これからは仲良くしなくては。

 お天気のいい日はおっかなびっくり近くを探検し始めております。

さてこの大都会で田舎のばあさん、どんな毎日を過ごすのでしょう。

 とりあえずはデパート巡りからはじめましょうか。

 少しわくわくしています。
nice!(4)  コメント(8) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。