春子さんの茶の間 その4 [短編]

 今日も暑いなあ。ガラス越しに見る庭の木々もぐったり。連日の猛暑にげんなりの春子さん。
一人の午後、コーヒーでもと立ち上がったら電話が鳴った。
「暑いけど何かしてる?別に予定なかったら出かけて来ない?」
Hさんだ。少し涼しくなったらと、ずっと前から誘われていた。
「暑いからと思ったのだけど、家の中は涼しくしてあるし、思い切って出ておいで。」
「嬉しいわ。ぼんやりしていたところだからお言葉に甘えてお伺いするわ」
春子さんは即座に決めた。歩いても七、八分バイクなら三分だ。

 Hさんとは子供が同い年で知り合いになったから、もう五十年近いお付き合い。
旦那様は銀行員で、春子さんのことが男?らしくて話が面白いから好きだと言ってくれる。
Hさんが春夫さんの淡彩画の会に入っていたので、こちらも気心のしれた間柄。
 特に定年後みんなが暇になってから、そして春夫さんが逝ってからは優しい二人に
随分助けられている春子さんである。

 春子さんは少し明るめの服にお気に入りのスカートで出かけることにした。
久し振りの訪問である。

 通されたいつものお座敷はひんやりとして、パッチワークが得意のHさんの作品がいっぱい。
テーブルクロスは藍色の糸で細かい刺し子模様。座椅子のクッション、壁のタペストリー。
その辺に置いてある小物もすべて手作り。こういうことの苦手な春子さんにとっては感心する
以外ない。こんなに部屋しっとり馴染んでいるのをとても羨ましいといつも思う。

 テーブルには小さな朱色の角盆に、ガラスのカップにワイン色の冷たい紅茶とレモン。
アイスクリーム。プリン。クッキー。が可愛らしく並んでいる。
 「可愛い。」上機嫌の春子さんと、ちょっと得意げなHさん。彼女の心配りが嬉しい。

 電話では時々話していたけれど、本格的なお喋りは久しぶりで、冷たい紅茶を頂きつつ
二週間ほど上京していた春子さんの話やら、東京から帰省していたHさんの次男一家の話
など、楽しい時間が過ぎて行く。
男の子ふたりのHさんはお孫さんが二人とも女で、何年かに一回会うくらいでは扱い方が
分からないと笑う。そうかもしれないなあと春子さんは自分のことを思ってみる。
 
 春子さんが行くとすぐ顔を見せて下さる旦那様がみえないので、どうしたのかと思って
いると、少し腰がいたいので休んでいるとのこと。 
「大好きな春子さんが見えてるのだから、食事の時は出てくるからね」とHさん。

 予定の時間にお寿司屋さんが来て食事の時間にはご主人も見えた。お元気そうでよかった。
もうすぐ八十五歳になるという。腰のほかにもそれなりに病気があるのだと笑うけれど
七十二歳になったばかりで逝ってしまった春夫さんのことをふと思い、今ここにいたら
どんなにいいだろうと、つい思ってしまう春子さんである。
 
 ここからは話上手のご主人の独壇場、政治、経済これからの我々年寄りの生き方。
時の経つのも忘れて楽しい食事会だった。
 「一人で食べてもつまらんでしょう。また時々ご一緒しましょう。私は出かけられないから
又来てくださいね゜。」

 優しい二人に見送られて外にでると、陽は落ちて涼しい夕風が心地いい。
 有難うございました。いい友人のいることを、幸せだと感じつつ、楽しかった数時間を思い
つい、ほほが緩んでしまう春子さんである。
 明日も暑そうだけど頑張ろう。こんなに元気をもらったのだから。

 





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真夏の石和温泉へ [エッセイ]

 この暑さをどのように乗り切ろうか。
このところ自分なりに体調を考えながら、よく働いた気がする。
日常の家事もやっとこさのくせに、ひとたび何かの整理など始めると頑張ってしまう。
 特に机の抽斗や、古い書類などが入った缶などを何気なく見つけると始末が悪い。
懐かしさが先にたって、整理を忘れて読みふけったり、当時に帰ったり。
 ここで一人でこんなことしているより、あっちも暑そうだけどやっぱり行こう。

 そして上京した。息子たちも夏季休暇を取り早速温泉を予約して待っていてくれた。
 ところが予約した那須は台風進路にすっぽりとはいった。
さあどうする。中止は残念と意見が一致。あれこれ考えた末にぎりぎりで台風を避けて
石和温泉に決定した。

 いつものことながら私たちの旅は観光よりのんびりと温泉に入りご馳走を食べること。
それと往復の電車が楽しい。でもあまり遠いのは嫌。

 青い空と高い山、流れる大きな川があれば私は満足。
そしてもしかしておまけにいい短歌でも出来ればしめしめなのだ。

 私はこの高い山が連なって見え、ぶどうや梨畑しかない鄙びた石和温泉が好きだ。
今回三度目。
 初めては、三十年くらい前、石和で温泉が出た。と聞いて、甥の結婚式に上京した時
 夫と二人で行った。雪の降りしきる日。ここには本当に温泉しかなかった。
でも甲府で食べた熱々のほうとうの美味しかったこと。
 道路の突き当りにどーんと大きな富士山が普通にあることに感動して、寒さなど
吹き飛んで二人で長いこと眺めたこと。忘れられない。

 次は仲良し三人の旅で富士五湖に行った時二十年くらい前、一晩は石和に泊まろうと
私が勧めた。大分温泉町らしくなっていた。友もよかったと言ってくれた。

 そして今回三度目、子供たちにすっかりおばあさん扱いされて内心不満な私。
それでもどこまでも青い澄み切った空の色、二千メートル級の連山のそれぞれ違う
藍色の木々の色模様。自然は変わることなく人々の営みに寄り添っている。

 今年のように、全国いたるところで自然の怖さを思い知らされても人間は戦うしかない。
 頑張るしかない。

 手足を伸ばしてゆっくりと湯舟につかり、暑いけど温泉はいいと思う。
食べられそうもないくらい、次々出てくるお料理も本当に美味しい。
 命の洗濯も出来たし寿命も少し伸びた気もする。彼も勿論一緒。
子供たちも優しい。口にはださないけど有難う。元気でいなければとつくづく思う。

 台風のことも忘れて、涼しい旅館で時間延長してのんびりすごした。
 帰りに駅まで歩いた灼熱地獄の七、八分。暑い暑い甲府は三十六度だったそう。

 特急「かいじ」は快適で、陽の光いっぱいの夏連山と笛吹川。

 ふふ いい歌が出来そうな気がしてきた。


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